江戸の娯楽と言えばやっぱり相撲

江戸の娯楽と言えば、いろいろありますね。
歌舞伎、相撲、旅行、吉原・・

相撲は男性の娯楽の代表格ですね

相撲
なぜ、男性の娯楽と言ったのか
実は、江戸時代の最初の頃の相撲は女人禁制だったんです。
土俵の上は今でもそうですが
見るのもダメ。

ヒートアップした観客の上に、水がバシャっとかけられる
かなり荒々しい場所だったようです。

相撲の歴史自体は古代まで遡るんですが、土俵ができたのは新しい。
最初は、いかにきれいに技を決められるか。
時間もずいぶんかかった。
土俵の発明で、一気に人気が出た。

最初の土俵は、今のようにここまでで試合する範囲というより
お客さんと力士の隔離。
お客さんがひいきの力士を勝たせるため、
手を出して仕方ないので、その防止のために
四角く綱を張ったのが始まり。

江戸時代に丸い土俵が出来ますが
今の2倍近くの大きさだった。
なんと、審判が、土俵の中に座っていたというから驚き。

けんか
相撲好きは、喧嘩好きでわざわざ喧嘩しに行く、というのが恒例
相手力士をひいきしている人の隣にわざと座ったりする。

あまりに問題ばかり起きるので何度も禁止される。

それでも生き残ったのは、人気もそうなんだけど、必要性。
基本的には勧進相撲として始まった。
神社仏閣の、改築のための費用の捻出を勧進という
特に明歴の大火で江戸中が壊滅的になり
相撲の健全なる実施は避けられない課題となった。

江戸も後期になると、風紀もおさまってき、
相撲協会のような「相撲会所」という組織も整います。
女性も見れるようになっていきます。

まげ
今の相撲の髷は大銀杏と決まっていますが
当時は自由でした。
初代、両国梶之助は大変な美男子で
土俵に上がるときは、白粉を塗って、
艶やかに結った前たてがみに二枚櫛を差していた。

なんで櫛差すの、と思いますが
頭突きなんぞという卑怯な手は使わねぇ
なんだったら、櫛が落ちたら敗けでいい、
とまでタンカをきったらしい

人気力士
江戸の二大横綱と言えば、谷風と小野川

ただ、みんな知っているのはやっぱり、雷電ですね。

ずば抜けて強かった。
254勝 10敗 14預り 2引分 5無勝負

でも、強すぎて、土俵上で相手を投げ殺しちゃった。
以降、雷電だけは、張り手、鉄砲、かんぬき禁止という特別ルール。
それもまた、不思議な。

この事件が影響したんでしょうかね。
雷電は横綱になっていません。
当時は、位としては大関が最高。
横綱というのは「称号」なんですって
よく分からんけどそういうこと。
まあ、ならなくてもいいっちゃいいらしい。

珍しく、能筆家で、
雷電日記、とか、万(よろず)御用覚帳
という本を残してます。

大変なフェミニストで
小娘が彼の胸をちょんとつっついたら
大げさにズデーンとひっくり返った。
何だか人柄がしれて良いですね。

江戸の娯楽と言えばやっぱり相撲」への1件のフィードバック

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