座禅2回目

・2015/04/04 新宿の長光寺で2回目の座禅をしました。

座禅
・前回は初心者コース。20分の座禅でした。
・今回は経験者コースなので、40分です。
・初心者コースは、予約制なので、人数が限定されます。
・経験者コースは予約制ではないので、何人になるかわかりません。
・その成果、かなりの大人数。
・地下の座禅堂はすでに満員になっており、本堂での座禅になりました。
・全部で30人以上になったかも。
・すごい人気ですね。
・経験者コースは説明がないので、もう始めておられる方がいました。
・てんでに始めるという感じ。

・やっぱり40分は長かったです。
・途中、倒れそうになっては、反射的に「おおっ」となってなおるという感じ。
・なんとかかんとか40分。
・何とかなるもんですね。
・花粉症でズルズルいっては他の人に申し訳ないと思いましたが、それも大丈夫でした。
・もし、興味がある方がおられましたら、5/9の初心者コースを押さえてありますので、コメントください。
・普通に、ホームページから申し込もうとすると、6/27が最短です。

法話
・経験者コースだからなのか、前回より法話も長めでした。
・道元禅師の書かれた、「正法眼蔵」を解説していかれます。
・今回は、第4章 身心学道
・身と心は同じ。両方を同じように考えるということ。
・心では「正法眼蔵」を読み、理解していく。
・身では座禅という修行していく。
・違うようで同じこと。
・座禅の意義は、無心になること。
・「いらんことを考えない」こと。=莫妄想(まくもうそう)
・そのために、足と手を不自由にする。
・胡坐を組んで足を不自由にし、どこにも行けなくする。
・手を軽く組んで、手を動かせなくするということ。

尽十方界
・「尽十方界」とは、宇宙全体のこと。
・「十方」とは「東西南北四維上下」(四維とは東西南北のさらに間)、即ち「あらゆる方向」。
・「尽十方」はあらゆる方向を尽くすこと。自分から見て、例えば北はどこまでかというと無限。
・すなわち「無限の宇宙」を表現している。
・「界」は、「生じていること」
・よって「尽十方界」とは「宇宙全体でのすべての現象」
・何もかもを含めた全部
・その「尽十方界」は自分と「ぶっつづき」であると教えていただいた。
・自分と「何もかもを含めた全部」には境界がない。
・自分をも含んだ「何もかもを含めた全部」なのだから。
・あえて「自分」とそれ以外を分けているのは自分が勝手に行っているだけ。
・「自分を捨てる」ことさえできれば、すべてのことと一体化できる
・自分はどう、あいつはどう、ということも意味をなくする。
・「自分を捨てる」修行こそが座禅。

親として子供にしてやれること

親として子供にしてやれること
親子って何?で「教える」必要はないのではないかと言いました。
・親業の本でもそういうスタンスなのですが、単に人と人として向き合うってだけなら、それは親子でなくてもいい。
・親である限りは、単に一緒に住んでいるということ以上の何かがあるのではないか。

何か
・それは「覚悟」だといいます。
・これを読んだとき、もの凄いと思いました。
・子供は親からして何を変えられるものでもない、そのもので完成された存在。
・そのままの形で尊重すべきもの。

・親ならば、何があっても背負うべし
・子供がその回りと形成している社会のなかで何か問題が起きたとしよう。
・親はしゃしゃりでてはならない。
・子供の世界のことを100%理解することなんて不可能。
・親が良いだの悪いだの言えるものではない。
・少なくとも子供側からはベストな選択をしているはず。
・それでも何か問題があるのだとすると、親は子供と一緒になって、背負えばいい。背負わねばならぬ。
・親なのだから。
・それが親というもの

・極端な話、罪を犯したとする。
・一緒になって、一生をかけて償う。
・その「覚悟」

そうしてきた
・たまたま、子供を持つ前にこの本を読んだ。
・子供が産まれることが分かったとき、「覚悟」を持った。
・「覚悟」以外は何もしなかった。
・子供にやっぱり色んな問題が起きた。
・でもはっきり言える。

・全て「完全に自分で」解決してきた。
・見事だった。
・一緒に謝ったり、お願いしたことは、あったが、「なかった」といっても良いくらい少ない。

・「覚悟」をもって後ろに控えていること。
・分かってくれていたはず。
・放任主義ではない。覚悟主義。

親子って何?

入社式
・今日は4月1日。
・娘が入社式です。
・いよいよ、社会に出ることに。
・とても感慨深いものがあります。
・この機会に親子って何だろうと考えてみたいと思います。

親子って
・基本的には個人と個人。
・別々の人間なんだということが大前提だと思います。
・「教育するもの」と「教育されるもの」の関係ではない。
・我が家の場合は、娘が極めて高い学力レベルにありました。
・かなり早い段階でそれに気づき、「教えること」をあきらめました。
・むしろ分からないことがあると、娘に聞いています。
・特に私自身の経験として、親から頼られたいい経験を持っています。
・結構自信があります。
・子供には「教えてやる」必要はない。
・教えてもらえばいい。

何をしてやれるか
・何かをしてやる必要はないのか。
・もう何十年も前だが、感動して今も生きていく上で指針となっている本がある。
・親業という本。

親業
・質問があった。
・低学年の子供。夜遅くまで帰ってこない。
・こんなこと初めてなので、とても心配している。何かあったんじゃないか。
・そんなところに、本人としては何事もなかったかのように、涼しい顔をして「ただいまーっ」
・あなたなら最初になんと言いますか。

驚いた回答
・「何してたの!!」と頭ごなしに起こるのは、まあ不正解だろう。
・ここはちゃんと静かに言って聞かせてだろうなと思いつつ、ページをめくった。

・「言って聞かせて」と思ったんじゃないですか。不正解です。と書いてあった。ええっ。

・心配で心配で仕方なかったんですよね。
・そりゃそうだ。

・元気な顔を見てどう思いましたか。
・「よかったーっ」って思ったんじゃないですか。

・そう言ってあげてください。
・それだけで子供には分かります。
・「親だからこうしなければならない」なんて何で思うのですか。
・人と人として向き合ってあげてください。

・心底驚きました。
・目頭が熱くなりました。

親として
・長くなりました。
・親業に書いてある「親としてすべきこと」がまた感動的なのですが、改めることにします。

ありがたい法話

ありがたい法話
座禅会に行きました。
・本当に行ってよかったなあと思っています。
・特によかったのが、座禅会の後に行われた法話。
・住職さんがお話していただいたのですが、心底いい話だなあと思えました。
・以下がその時のレジメ
座禅会資料
・ホワイトボードには「人人具足 個個円成」と書かれました

座禅会資料
「禅」 一隻眼を開く ものを一つに見る
◎今いるところが一番の幸せ
私たちは生の現実を知らない。それが見えないようになっている。
自他不二→身土不二 迷悟一枚、心身一如
「社会を幸せにするのは私たちの行動にかかっている」
「自分の喜びは他人の喜び」 他人の幸せは自分の幸せ」
日常の生活では ◎余分のことは考えない
今日の禅語
明歴歴露堂堂[めいれきれきろどうどう]心の眼を開いてみよ。

一隻眼を開く ものを一つにみる
・一隻眼[いっせきがん]とは、おそらく二つの眼とは違うもう一つの眼。
・おっしゃっていたのは、人間どうしても二つの眼で見てしまう。
・いいとか悪いとか、頭がいいとか悪いとか、運動ができるとかできないとか
・そういった物差しで人と比較してしまう。
・あのひとのようにこうだったらよかったのにとか
・そうではなく、「一つの眼」でみなさいと

人人具足 個個円成
・にんにんぐそく、ここえんじょう
・人人具足。人それぞれ誰しもが、もうそなわって足りている
・個個円成。個々だれしもが、もうみちて完成している

今いるところが一番の幸せ
・全く問題ない。
・ということを心の眼で見る
・なのに、私たちは生の現実を知らない。それが見えないようになっている。
・そのために修行をする
・例えば座禅を組んで、自分を見つめる。
・邪念を捨てて、自分を見つめ直す。
・そうすると「全く問題ない」ということが分かる。
・今いるところが一番の幸せ

自他不二→身土不二 迷悟一枚、心身一如
・「社会を幸せにするのは私たちの行動にかかっている」
・「自分の喜びは他人の喜び」 他人の幸せは自分の幸せ」
・自分を捨てれば、自分と他人が区別できなくなる。
・自分だの他人だのは関係ない。

余分のことは考えない
・ズキッときた
・職場でちょっと嫌味な人がいる。
・「前にも言ったけど」「書いてありますよね」が口癖。
・口も聞きたくないというほどのレベルではないんですが。
・どうしても心の中で自分と彼とを比べてしまう。
・確かにこの辺は自分は劣っているかもしれないけど、彼だってこういうところは‥
・余分なことを考えている。とっても余分。
・そんなことを考えて、何かが好転することはない。絶対にない。実は自分でも分かっている。
・なのに考えてしまう。
・「彼は嫌味だから、今にみんなに嫌われる」
・ああつまらない。ばかげている。
・二つの眼で見ている。
・私も彼もいっしょ。人人具足 個個円成。
・全く同じように「全く問題ない」

明歴歴露堂堂
・すべての事柄は、全く明らかになっている。
・何の隠し事もない。堂々としている。
・心の眼で見ればいいだけ。ただそれだけ。