[百人一首]5 奥山に

奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき

奥深い山の中、散り敷かれたもみじを踏み分けて鳴く鹿の声を聴くときは
秋の悲しさが身に染みるなあ

猿丸大夫
猿丸大夫ってとても不思議な名前

三十六歌仙にかぞえられているのに
確実にその作品だと言えるものが一首もない

本当はそんな人いなかったんじゃない?

じゃあ、この歌は何なのかですが
古今集で「読み人知らず」となっているのを
藤原定家が勝手に猿丸大夫の作として、百人一首に入れちゃった。

哲学者の梅原猛さんは
柿本人麻呂の別名なんじゃないかとの説を唱えています。
人麻呂は人丸とも言われているんですが
政争に敗れ、ときの権力者から、抹殺された上に
貶められた
名前を人から猿に変えさせられたと。

面白い説なので
井沢元彦さんがこれを題材に「猿丸幻視行」という歴史ミステリー小説を書いて
江戸川乱歩賞をもらっています。

おそらく実在しない人物なのに

すごく歌のうまい人がいてね
山の中に住んでいるんだよ
それはそれは、素晴らしい歌を読む
誰も見たことないし
詠んだ歌は分かっていないんだけどね

良いですね
ファンタジーです。
サンタクロースが歌を詠むみたいなもんです。

読み人知らずの良い歌ばかりを集めて
「猿丸大夫歌集」を作ったり
猿丸大夫のお墓があったり
猿丸大夫の家系図があったり
みんなが「お約束」の中で遊んでいる。

藤原公任もロマンチストですよね
そういう人を三十六歌仙として選んじゃうんだから

そして、藤原定家も
そんな質の良い、おふざけに乗っかって
百人一首に選んじゃう訳ですから
天晴れです。

クリスマスとかハロウィンとかバレンタインデーとかあるんだから
勝手に猿丸大夫の誕生日とか決めて
大手流通チェーンが大々的にイベント打てば良いのに

気になる人や、お世話になった人にプレゼント、和歌を添えて贈る日
モンキーマジックデー

鑑賞
分かり安いですね
こんなに分かりやすい歌も珍しい。

みんなが同じイメージを思い描くことができますね

メスの鹿は当時「めか」と言われていたらしいから
これはオスの鹿

紅葉の綺麗な時期に、メスを求めて求愛の鳴き声を発するらしい。

こんな鳴き声かな

恋しかぁ

索引はこちら
[百人一首]シリーズはこちら(少し下げてね)


クレマチス

花カレンダー始めました

[百人一首]4 田子の浦に

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の
富士の高嶺に 雪は降りつつ

田子の浦の浜に出て、遠方を見上げると
真っ白い富士の高嶺には、今も雪が降り続けているよ

百人一首シリーズ
百人一首シリーズも前回、第90首まで行きました。

いよいよ100首までカウントダウンというところまで来ました。

実はあと10首というところで、やりたいことがありました。
百人一首シリーズを始めた経緯に関わります。

百人一首の本を何気なく手にとって、パラッと見てみたら

えっ、百人一首って第一首は、私が大好きな、天智天皇?
そして、続いて第二首は持統天皇
超豪華じゃない。

よし
人物に興味があるものだけチョイスして、紹介していこう。

歌そのものより、人物に興味があった。

ところがやり始めて慣れてくると、次第に歌の鑑賞も楽しくなってきた。
ということで、第46首からは、飛ばさず、全て紹介していくようになった。

カウントダウンの前に、やっぱり全部網羅したいな

一回戻って、飛ばしちゃったところを見ていきたいと思います。

山部赤人
第三首の
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
の柿本人麻呂と並んで「歌聖」と呼ばれ、尊敬を集めた

「山柿」とセットで呼ばれる事も多い
山ちゃん柿ちゃんですね

選者、藤原定家もこの二人は並べようと思ったんでしょう

仕事的にはいまいちで、
あちこちの地方に飛ばされちゃってます。

でも本人にすりゃあ、ラッキー
各所の名所を訪ねてその場で歌を詠みますので
リアリティがあります。

鑑賞
この歌は、万葉集に載っています。
でもね
実はその時はちょっと違っていた。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ
富士の高嶺に 雪は降りける

ゆ、って何?

そのあと、新古今集で再度取り上げられるんだけど
その時、この歌に、勝手に改ざんされちゃってます。

本人、後で知ったら
こらこら何すんねん、ですが
こういうことって結構普通に行われていたみたい。

万葉集の時代と、新古今集の時代では
流行した考え方が違っていた。

万葉集の時代はありのままに忠実に
新古今集は事実に忠実でなくて良いから、演出的効果を重視

見てみましょう。

まず、ゆ ですが
正直、これが何かは諸説分かれて、難しいらしい。
分かりやすい「に」に変わって良かったね
飛ばしましょう

「真白にぞ」
ストレートですね
「白妙の」は枕詞で雪にかかる
でも、間に「富士の高嶺」が挟まっちゃっています。
結果として、富士自体が白い印象になり
より、富士の白い雪が強調される

問題は、「ける」と「つつ」
意味がそもそも変わっちゃいます。

「ける」だと
遠くから富士を眺めて
ああ、雪が降ったんだなあ、と振り返る

「つつ」だと
今まさに雪が降っているなあ

これ、変です。

自分の周りで雪が降っているとすると、富士は見える筈はありません
富士の山頂に雪が降っているとすると、田子の浦から確認出来る筈はありません

万葉集の時代だったら、こんなの書いたら先生に
はい、書き直し

でも新古今集の時代では
事実がどうあれ
今まさに降っている方が趣きあるね、と思えば
うん、全然OK

索引はこちら
[百人一首]シリーズはこちら(少し下げてね)


イベリス

花カレンダー始めました

[百人一首]90 見せばやな

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも
ぬれにぞぬれし 色はかはらず

見せてあげましょうか、私の袖を
松島の雄島の漁師の袖ですら
どんなに濡れても、色までは変わっていないのに

殷富門院大輔
殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)は
例によって、本名は分かっていません。
藤原信成の娘で、後白河法皇の娘、亮子内親王(後の殷富門院)に仕えた大輔ということです。
歌人として大変有名。
数多く歌うタイプで「千首大輔」と言われているほどです。

鑑賞
見せばやな、は関西で言うと、見したろか

雄島というと松島の雄島の事
京都に住むお嬢様ですから、仙台の松島に行ったとは思いがたいですが
いわゆる歌枕
雄島というと、歌の世界では、はいはいはいと通じる訳ですね

あまって、海女だけじゃなく、当時は漁業関係者全体を指しますから
普通に考えると、漁師って事になるんですが
女性が詠んでいるという事も考え合わせれば
海女をイメージしても良いかもしれません。
海女は袖どころじゃなく全部濡れますけどね

袖だにも、って言っています。
袖ですら。
てことは、比較対象先があるって事です。

松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくは濡れしか
(あなたに冷たくされて、私はこんなに泣いています。
松島の雄島の磯で漁をする者の袖でも、これほど濡れていないでしょう)

こういう歌があるんですね
いわゆる本歌取りって手法です。

皆さん知ってますよね、ほらあの「松島や」の歌、って訳です。
本歌取りの場合は、同じことを歌っては意味がありません
元はこうですよね
でも、今回はね

さあ、何が違うのか
色です。

元は色は変わっていませんよね、濡れただけ
今回はね、濡れた上に色まで変わったのよ
ほらほら見てちょうだい、な訳です。

ここで、もうひとつ前提知識が必要になります。
漢詩です。
漢詩の世界では、女性が男性にひどい目に会わされた場合
血の涙が流れます。

ここまで分かっている人は、なるほどとにんまり

漢詩というのがすごい点で
当時の女性は紫式部や清少納言クラスにならないと漢詩には精通していない。
漢字は男性、女性はかな、という大まかなイメージね

この歌が披露されたときは
ほおおおっ
と大きな賞賛の声をあげた事でしょう。

索引はこちら
[百人一首]シリーズはこちら(少し下げてね)


花カレンダー始めました

[百人一首]89 玉の緒よ

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの よわりもぞする

わが命よ、どうせなくなってしまうのであれば
すっぱりとなくなってしまっておくれ
生き長らえてしまうものなら
秘めた恋を隠しておく力が弱ってしまい
どうなってしまうか分からないから。

式子内親王
後白河天皇の次女です。
斎宮になるのですが、病弱で、斎宮の職を解かれます。
斎宮って何かは後でね
激動の時代に飲み込まれ
とても不運な人生を歩みます。

特に、身内の不幸が立て続けに続く。
叔母さんの八条女院の病死に辺り、呪いをかけたのではないかと疑われたりもしている。
全く意味不明ですが、本人かなりダメージを受けたようで、出家してしまいます。

歌人としてはかなり優秀。
名歌を多く残し、三十六歌仙に数えられています。
歌の先生は藤原俊成。藤原定家のお父さんですね。
そんな事から藤原定家とも仲良しです。

鑑賞
百人一首の人気投票をすれば、必ず一位か二位に入る超人気の歌だそうです。
気合い入れましょう。

玉の緒は命の事です。
元々は数珠のように玉を結んで繋げる紐の事ですが
昔は心と体は紐で繋がっていると考えられていたので
玉の緒が切れると死んでしまいます。

たおやかですね
今後は
わちゃー、死ぬかと思った
と言うときは
玉の緒切れるか思った
と言うことにしましょう。

どうせいつかは切れますね
じゃあもう切れても良いですよ
いえむしろ死にたいです。
死んでしまった方が良いんです。

この時期の例に漏れず
題詠ではあるのですが
おそらく本音でしょう

悟られてはならない禁断の恋
情念です。
天城越えの世界です。

逢ひ見ての 後の心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり

の相手、雅子内親王

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで いふよしもがな

の相手、当子内親王

いずれも哀しいドラマになります。
どうにかならんのでしょうか、この斎宮という制度

内親王、平たく言うと天皇の娘は特に
斎宮という神職につく場合が多い

一定期間の職で、その期間は全て神様のためにのみ尽くす。
その時は結婚も、おそらく恋愛も禁止

決まり的には、その期間が終われば無罪放免の筈なんですが
前の二つの歌の例でも、結婚禁止が重くのしかかるようです。

式子内親王も斎宮は終わっているので
問題ないはずなのに
どうも、すっきり自由恋愛って感じにならない。

お相手、藤原定家との年齢差もあるんでしょうか
家柄的には藤原定家だと申し分ない気がするんですが

えっ?そうなの?
あくまでも噂
諸説ありましてね

仲は良かったとしても式子内親王は14歳も歳上ですから
どうなんでしょう

ずっと後に作られた能の「定家」でそういう設定になっているので
藤原定家恋人説が定着しちゃいました。

命かけて秘め事を守り続けた訳ですから
真実が分かるわけないですもんね。

でも、もし本当だとして
藤原定家が百人一首に、この歌を選ぼうと思ったときの心の動きは
想像すると、何とも複雑ですね。

索引はこちら
[百人一首]シリーズはこちら(少し下げてね)