東京23区の西端を制覇(練馬区西大泉)

今日は、台風が梅雨前線を刺激しています。
チクチク

午前中から一日雨ということでお出掛けは無理
おとなしくしていましょう。

いつもの様にカミさんが、
「車で送って」

保谷の、カミさんが勤める老人ホームまで。
まだ雨は降っていません。

ん?
保谷?

ある考えが私の脳を刺激します。
チクチク

境界
図書館で気になる本があり、借りてきました。
知って驚く東京「境界線」の謎

街角図鑑で
マンホールだ、送水口だ、郵便ポストだと、とても楽しめます。

ただ、境界票なるものがおそらく街角ものの中で最も数が多いものの
どう楽しんだらいいかさっぱり分からなかった。

そうかっ
こっちからのアプローチがあるのか

知って驚く東京「境界線」の謎、の著者、小林政能さんは
区と区の境などを歩くという事をしておられます。

境界協会という、みんなが羨むナイスなネーミングのコミュを立ち上げ、
区境を歩くイベントを定期的に開催
ブラタモリ等、テレビにも出演されている
人気者です。

区境を歩く
何が面白いの?

本質的な質問をありがとう。

その質問には答えず、次へ

本には、大きく二つの紐解きがなされていて
「東京23区の東西南北の端を歩こう」
「東京23がそうなった歴史」
どちらもとても面白いのですが

特に気になったのが東西南北の西端
練馬区西大泉

えっ 近い。
近いうちに行ってみよう。

いざ
ひょっとして、今日こそがその「近いうち」ではあるまいか

老人ホームからその現場までは車で10分程度
朝食前のお楽しみ

カミさんは最近勤める老人ホームを変えたのですが
一個前の老人ホームの時、車で送っていく時に、いつも通っていた道からほぼ近い。

以下の地図の青丸のところ
東京都練馬区西大泉、東京都西東京市北町、埼玉県新座市野寺のトリプルジャンクション
ちなみにトリプルジャンクションとは、小林さんの造語です。
一人しか探究者がいないのでやりたい放題です。

赤丸
徐々に気持ちを高めていきましょう
先に赤丸のところの確認です。
バス通りで、いつも通っていた道。
以前、一度車を降りて、確認したことがあります。
急にここで防護柵(一般的にはガードレール)が変わるんです。

東京都側は、都道共通の、都の木いちょうをあしらったもの

埼玉県になったら、一般的な汎用タイプ

おっと新しいマンホール発見
西東京市です。

保谷は、西東京市に統合される前の保谷市バージョンしか今まで見たことがなかったので幸せです。
保谷市バージョンはこんな感じ


埼玉県新座市です

練馬区は東京都23区共通のいつものこれ

境界票です

緑丸の場所に向かいましょう
道には、右寄り左寄りで二種類のマンホール
エキサイティングです。

ちょうどここって分かる基準点があれば、もっと面白いのになあ
この辺だと思うんだけど

と思いつつ探していると
道のアスファルト上に不自然な線を発見
ちょうどの場所なのでおそらくこれこそが、東京都と埼玉県の県境か!

マンホールもその左右で分かれています。

おそらくこういうやり取りがなされたのでは?

東京都さん
うち、ここまでだからね
あとはそっちでやってね。
しーらないっと

都道府県を股にかけた男、でーこんです。

西端
さあ、いよいよ青丸、東京都23区の西端へ参りましょう。

黒丸の道の方から回り込んで、行きました。
黒丸の道も右から2/3くらいまでが、東京都共通マンホールで
その左が保谷のマンホール
ワクワクドキドキです。

そしていよいよ
ここだっ

とがっている形が、地図とぴったり一緒
右のブロック塀に沿って西東京市の境界票

敷地内にも入っていけたので
私でーこんは、東京都23区の西端に足をグリグリと突っ込んだのでございます。

さらに
これで終わりと思うでしょう
いえいえ
本にはさらにすごい事が書いてあります。

ここからほど近い場所に、飛び地があるというではありませんか。

周り全部埼玉県新座市なのに、ポツンと東京都練馬区西大泉町

隣のでっかいスーパー、サミットストアに車を移しました。

おおっ。本に出ていた町内会の地図と同じものがある

周りは全部埼玉県新座市片山という地名
赤枠の中は東京都練馬区西大泉町1192
住居表示方式にまだ変わっていないので何丁目はありません。

さっきの西端は東京都練馬区西大泉6丁目
西大泉と西大泉町は違うって事です。

町内会地図の青丸の方向から写したのがこれ

ひとつひとつ表札を確認していきましたが
確かに間違いなくその通りでした。

飛び地になる理由っていくつかあるようですが
一番多いのがその前からの所有者がたまたま飛んだ先にも土地を持っていたというもの

ここの場所がそういう理由かは
お互いのお役所の人たちも資料が残っていなくて分かりませんとの事らしいです。

気になるのが上下水道です
何と、西大泉町の上下水道は、埼玉県新座市が肩代わりしてくれているそうです
極めてレアなケースらしいです。
面白いのがマンホール
東京都練馬区だけど新座市が下水道を管理してくれているところなんだから
新座のマンホール?

いえいえ

実は、本で見てどうしても見てみたかったのがこのマンホールなんです。
東京都23区共通B型のデザインのように見えます
ただ、ある事に気づく。
真ん中にあるはずの「東京都」の文字がない。

このエリアに四つありました。

どういうやり取りがあったんでしょうね

えっ、下水道お願いできるんですか
一生恩にきます。
せめて、マンホールの蓋だけはこっちで用意した方がよろしいでしょうか

分かりました。
ではそうさせていただきます。

部下が被せたマンホールの蓋を見た上司

こら、この東京都の文字
君はどう思う?

下水道を肩代わりしてくれている新座市さんが、
これを開ける度に思う訳だよ
ここ、うちがやってあげているのになあ、ってね

せめて「東京都」の文字を消せないのか

消すって言われましても
削る事はできませんので作り直しになります。
4つのためだけに型を起こす必要がありますので、
ひとつに換算しますと、かなり・・・

日本人としてあるべき、たたずまいの問題じゃないかな

ちなみに、ゴミの収集は、ここだけ練馬区でやっています。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ
[街角]シリーズはこちら(少し下げてね)


コマツヨイグサ

花カレンダー始めました

ごめんなさい。明治神宮御苑、花菖蒲園

今日は、休日ではありますが、家具屋さんが配達に来るので、ちょっとだけお出掛け

今度の丸の内イベントのお昼の予約がネットでうまく見つからないので、
予約だけ探しに行こう

————

思いの外あっさり取れたな
さあ、このまま、丸の内散策するか、場所を変えるか

丸の内は2回来ているし、場所を変えようかな
さらにその次の明治神宮のイベントの下見、再度行くかな

明治神宮
前回行った、明治神宮の様子はこちら
渋谷から原宿。おしゃれで荘厳な一日。永遠の森

その後、このコースで7月にイベントを組むことにしました。
図書館で明治神宮の森の本も借りてきて、昨日読んでいたものですから
もうちょっと確認したい事が出てきた訳です。

前回、針葉樹を先に植えていって、後で広葉樹が駆逐して行って
というところの話はしましたが
本を読むと、単純に広葉樹といっても、常緑広葉樹と落葉広葉樹がある

目指すのは、人の手を全く入れない森
そもそも、人がほぼおらず、全く開発などということをしなかった
1000年以上前にこの場所にあった森

今後、未来永劫、人の手を入れないと決意し
落ちたドングリから新しい木が芽生えて、自然に再生を繰り返していく、
永遠の森

その為には、常緑広葉樹が中心になる
でも、一定の割合で、落葉広葉樹が必要
落ち葉の栄養が必要だから。

常緑広葉樹は、シイとカシとクス

さあ、シイとカシとクスを見に行こう。
そして、それ以外の落葉広葉樹は?
最初半分を占めたが、一割に減っている針葉樹は?

ワクワクですね

ガーン
ガーン、です。
重要な事に気づきました。

私は、シイとカシとクスが見分けられない。

まあ、急に思い立って来ているわけですから
当たり前っちゃ当たり前

そんな事でめげる、でーこんではございません。
その為に、タブレットを持ち歩いているわけです。
この場で調べようじゃありませんか。

あっちに巨木、こっちに巨木
あの巨木は何かな

シイ 検索。
カシ 検索。
クス 検索。

私の様なド素人には、葉っぱが同じようにしか思えません。
とりあえず、まず、葉っぱの写真だけ撮っておいて
帰ってじっくり調べよう。
パシャ

ところが、ここでさらに重要な事に気づきました。
この葉っぱは、どの巨木の葉っぱやねん

写した葉っぱは、おそらくドングリから芽生えた、赤ちゃんの木の葉っぱ
巨木の葉っぱははるか上空で
幹の下の方から見事に全く葉っぱが出ておりません。

あかん。あんな遠いと、緑やっちゅうことしか分からん。

そこそこの人なら、幹で分かるでしょって事でしょうが
あっちはゴツゴツ、こっちはあっさり
この二種類しか分かりません。

顔を洗って出直しですね
林試の森公園に又行って、一から勉強してからですね。
めげるでーこんの巻

横道
本によると、
御苑の中は、自然の森。
言い方を変えると、永遠の森ではない。

御苑に入る前に森を味わう必要があります。

横道がありました。
よっしゃ、ここを入っていくと、永遠の森に入れるぞ

こここそが、人が手を入れるなどという奢りの概念を廃した
永遠の森なのですね。
ひんやりでした。

御苑
そういうと!

とてもビックリしたことがあります。

イベントをたてるとき、
そういうと、御苑に花菖蒲園があったと思うけど
ってちょこっとだけ頭をよぎったけど
2ヵ月くらい先のイベントでないとみんなも予定のたてようがなく
イベント立てようと思ったのが2週間ほど前だったから
間に合わないね
まあいいや

それ以降、すっかり花菖蒲園の事は忘れておりました。
ここに来て初めて、思い出しました。
今、花菖蒲の時期やん

えらいこっちゃ
むっちゃ綺麗






これはダメですね
綺麗過ぎます。

こんな良いのがありながら、違う時期にイベント組んで
私だけ下見で、綺麗なのを見てきましたなんて
人間として間違っております。

この場を借りまして
イベント参加の皆様
申し訳ございませんでした。

むっちゃ綺麗やったで

ドンピシャのこの時期なので、人が多く
清正の井戸はすごい行列で、一時間待ちです。

私は、前回行きましたので
横を素通りして、横目で
大変ですこと。

代々木公園と野外音楽堂
あとちょつとだけ時間がある
代々木公園にもちょっとだけ

野外音楽堂で何やら騒がしい
結構ここはいつもイベントやってます。

やられたぁ
こんな時間のないときこんな事するんだもんなぁ

沖縄フェスティバル

私は全ての音楽の中で沖縄民謡が好き
じっくり見たいのになあ

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ


花菖蒲

花カレンダー始めました

アメリカ、初代公使ハリス

日本側はうっかりしていた。

ペリーの不完全燃焼
ペリーは開国という目的に対し、大成功だったかに見えるが
大学頭(だいがくのかみ)の林復斎(はやしふくさい)に言い負かされてしまう。

日米和親条約
これは、何ら具体的なものは書かれておらず
仲良くしましょうねという趣旨のみ
日米修好通商条約の締結は出来ずじまいで帰国してしまう。

ああ帰っていった。
良かったね、ほっとした。

ところが
仲良くしましょう条約に、
こんな一文が書かれていた。

必要と判断される際は、外交官を派遣することを許可する。

ハリス
ところがこの大事な一行は
翻訳をした人がミスして、違う意味の日本語になっていた

1856(安政3)年、ハリスが下田にやって来た

♪ハリスーのかぜー

入国を認めない
いや、入国だ

激しい応酬の末
現在の静岡県下田市柿崎の玉泉寺を仮の総領事館とする

ハリスは政治家でも官僚でもない
初等教育しか受けていず、ずっと商業の世界に身を置いていた。

独学で数ヵ国語をマスターし
貿易商として、中国やインドシナに遠征する。

いつか外交官になることが夢だった彼にとって
降って湧いたようなチャンスだった。

日本の印象
「柿崎は小さくて、貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりしていて
態度も丁寧である。
貧乏な国にいつもつきものになっている、不潔さというものが少しも見られない。」
(ハリス日本滞在記)
ハリスが自身の目から見た日本の土地やそこに住む人々は
裕福ではなくとも幸せそうだった。

これから起きるであろう、西洋文明の侵食
彼の中に少しばかりの葛藤が生じた。

交渉
ペリーになくて、ハリスにあったもの
それは、通商によって日本側が得られるものを
理屈で説明出来る能力だった。

粘り強く、粘り強く、交渉を重ねていく。
欧米で行われている商業のひとつひとつを丁寧に説明。

それは、経済学の理論ではなく
彼の貿易商としての経験で得たもの
日本に無い概念なので、翻訳しようにも言葉がない

通訳のヒュースケンと二人三脚で苦労を重ねる

将軍謁見
そして、翌年
ようやく、将軍家定との謁見がかなう

あの、又吉がやってる家定です。

短い沈黙の後、大君は自分の頭を、その左肩を越えて、後方へぐいっと反らし始めた
同時に足をふみ鳴らした。
これが、三四回繰り返された。
それから、彼は、良く聞こえる、気持ちの良い、しっかりした声で、次のような意味のことを言った
「遠方の国から、使節をもって送られた書簡に満足する。
同じく使節の口上に満足する。
両国の交際は永遠に続くであろう。」

体調
江戸参府のあと、体調を崩し、予定を早めて下田に帰る。
実はこの時チフスにかかっていた。

当時最高の医師二人が、匙を投げた。

そして、ヒュースケンも、日記で、覚悟したと書いている。

その後、何とか持ち直す。

気力を振り絞って交渉を続け
ようやく条約締結が叶ったときは
それはそれは嬉しかった事でしょう。

体調を崩して、病魔にやられた原因のひとつ
牛乳が飲めなかった。

以前書いたことがありますね
明治の東京は牧場だらけ
江戸時代以前は、牛乳を飲むという習慣が全く無い

牛乳が大好物のハリスは、ストレスこの上ない

辛抱たまらん。ノンノンノン。
牛かう!
(飼うとカウをかけてみました)

雌牛一頭を下田で飼おうとしましたが、結局は実現しませんでした。

条約へ向けて
井上と岩瀬という二人がどれだけ頑張ったか
井伊直弼はなぜOKを出したか、というあたりは
こちらを読んでね
[徳川名参謀]14 家茂→井伊直弼、なんでそうなるのか

索引はこちら
[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)


アブチロン(チロリアンランプ)

花カレンダー始めました

[百人一首]10 これやこの。出たっ蝉丸

これやこの 行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関

ここがかの有名な逢坂の関。旅立つ人も帰ってくる人も
知っている人同士も知らない人同士も、別れと出会いを繰り返すんだなあ

蝉丸
出ました蝉丸ぅ
全部吐き出しーっ

坊主めくりの蝉丸ルールですね
引いた人以外が全部吐き出さなきゃならないという鬼の帝王であり
終盤にして負けている人にとっては、それにしかすがれないという、
一発逆転、最強の女神様

一人だけ頭巾を被っていて、名前も謎めいているから
坊主なんだか一般人なんだか

蝉丸って誰やねん

調べる程ではないから、そのままにしていた
みんなが感じているもやもやを、今こそ解き明かしましょう

—————-
と言っておきながら、
現実にも謎の人

さては、猿丸大夫と同じパターンか

猿丸大夫は存在自体、おそらくなかったので
それよりは、まあ若干

いたことはいたと思われますが
根拠の怪しいエピソードばかりが積み重なって
謎が謎を呼ぶ、雲をつかむような人

その中で、ひとつのエピソードを紹介しましょう。

宇多天皇の息子の敦実(あつざね)親王に仕えているんだけど
身分は低い。

敦実親王は琵琶の名手
近くでその音色を聞くにつけ自分も名手となった。

次第に視力が衰え、ついには盲目に。
仕事も辞め、琵琶だけを小脇に抱えて、
逢坂の関の近くの山にこもります。

琵琶で、流泉・啄木という曲があるんだけど
弾ける人がどんどん少なくなってきて
とうとう、蝉丸だけ
蝉丸がなくなると、名曲も歴史の彼方に葬られる。

源博雅(ひろまさ)という、これまた琵琶の名手がおりました。

蝉丸ほどの人材が埋もれているのは勿体ない
流泉・啄木を一度聞いてみたいという事もあるので
人づてに

どうでしょう。京都の私のところに来られませんか?

「世の中は とてもかくても 過ごしてむ 宮もわら屋も 果しなければ」
どこに住んでも同じこと。宮殿もわらぶき小屋も、永久に住み通せるものではない、
いつかはお迎えがくるのでございます

残念!
そうなると逆に、秘曲を聞いてみたい気持ちが高まります。

でも、せっかくの京への復帰を断るくらいの人
名人っちゅうのは
興が乗らないと、どんなに頼まれたって、弾かない

自分も名人だから良く分かる

とりあえず行ってみよう。

逢坂の関まで出向き
家の外で聞き耳をたてる
たまたま弾くかも知れませんからね

残念!空振り

諦めきれず、翌日も出向きます。

翌日も
そしてその翌日も

気がつくと、何と三年も経過しておりました。

三年目の八月十五日の夜。
月はややかげり、風吹き、あわれ深い夜

今日こそは

中から聞こえてきた歌
「逢坂の 関のあらしの はげしきに 盲ひてぞゐたる 世を過ごすとて」

琵琶をぼろんぼろん

源博雅は自然に涙が出てきました。

そして、中からひとりごと。
ああ、もののあわれというのは、こういう日のことやろか
こういう日は、誰ぞと、音楽の話でも出来たらなあ。

もう、名乗り出ずにはいられませんでした。

私は、京都に住む源博雅と申します。
あなたの琵琶が聞きたくて通いつめておりました。

蝉丸は心を開き
流泉・啄木を披露
語り合い、忘れられない夜になりました。

鑑賞
良い歌ですね
ここまでリズムの良い歌はそうそうあるもんじゃありません

この歌を十八番にしている人も多いんじゃないでしょうか

特に、逢坂の関が入っているので、関西人は大好き
逢坂の関って、大阪ではなく、京都と滋賀の境なんですけどね

これやこの
行くも帰るも
知るも知らぬも
裏表でポンポンポン

ここは、裏表には出来なかったなあ、って
「別れては」
おっと、最後の逢坂の「逢」うと表裏になってるじゃありませんか

逢坂の関は、古くの関所で一番メインなので
多くの人々が行き交います。

今で言うと空港や新幹線の駅のようなもので
出会いと別れのドラマが繰り広げられるんでしょう

あのJR東海のコマーシャル
山下達郎のクリスマスイブが流れますね

人生って、出会いと別れですね

じみじみと思います。

索引はこちら
[百人一首]シリーズはこちら(少し下げてね)


カルミア

花カレンダー始めました