9/14 祝!ブログ5周年

2014/9/14にブログを始めました

2019/9/14をもって5周年ということになります。

うっかりアップのボタンを押し忘れていたという日を除き、毎日アップ

日常
5年かあ
しみじみです。

すごくないですか
5年ですよ、5年

1年とか、2年とか
節目の時に、ブログを書いていますが
最初の頃は、いつ止めようかだったし
何書いて良いか分からずキツかった。

でも、ここまで続けると、趣味とか言うレベルも越えて日常
生活の一部だから
もしブログ書いちゃダメとか言う法律ができたら、
気が狂っちゃいます。

要因
なぜ続けられたかというと、いくつか要因があるかと思います。

一言で言うと、楽しいから。
あっさりですね

さらにその要因はとなると
一番にはコメント

この場をお借りして、お礼を言わせてください。
ブログにコメントをいただける皆様
本当に本当にありがとうございます。

コメントがいただけてなかったら
5年間続けられたとは到底思えません。

私は、受け身ではなく発信型の性格です。
良い世の中になりました。
昔は発信するには一握りの人間になるしかなく
そんな能力なんて到底ないので
諦めるしかなかった。

今は全く無料で、ブログなるものを書けるんですから
天国です。パラダイスです。

でも、発信すれどもすれども何の反応も無きゃ、やっぱりやめていたと思います。
私にとって、コメントは宝物です。
そのテーマについて色々教えてもらえて、感心したり
ここ笑って欲しいな、ってところでウケたりすると
天にも登っちゃいます。

ウォーキング同好会
要因の2番目は、やっぱりウォーキング同好会
ブログを初めて6ヵ月くらいしてからウォーキング同好会を立ち上げたので、4年半くらい
私の人生の大変革は、ブログとウォーキング同好会が二つの柱で同時並行で進んでいっている。

もし、ウォーキング同好会をやっていなかったら、ブログも止めていたろう。
表裏一体だと言える

ブログで色んなテーマを扱っているけど
一貫性が無いようでいて、実はほぼ、
ウォーキングしていて楽しめる事、というテーマ

歴史だったり、神社仏閣だったり、花だったり、マンホールだったり

ウォーキング同好会でイベントやって
終わったとき、いつも
ああ、これ好きだわぁ、と思う。

このウォーキングイベントも、ブログあってのイベント
特に、下見が楽しめるのは
ブログにアップすることで楽しめるから。

この表裏一体をこの5年間でたまたま両方出来たのは
日本中探してもそうそういないんじゃないだろうか

つくづく、幸福者だなあ

変わった事
ずっと波瀾万丈の人生でしたが
ブログを始める前と後で、こんなにも人生が変わるもんなのかなと思います。

優先順位とか、価値観というものが全く変わった。

ただ、楽しいという人生の過ごし方。

経済的に裕福になるなんてとこには興味が無くなった。

楽しいということに必死になる生き方もあるんだなあ

はっきり言って無茶苦茶大変。
毎日、仕事をやりながらこれだけのボリュームのブログを書く
そのアウトプットのためにそれ以上の時間を書けて本を読まなきゃいけない。

会社には、始業45分くらい前に会社に行くんだけど
始業時間までは一切仕事をしないでひたすらブログを書く
当然間に合わないから、昼休みにチョコっとだけ追加して
残りは帰りの電車の中でつり革につかまりつつ
それでも無理なので、清瀬駅のプラットホームで残りを書く

でも、これ
誰にやれと言われたわけでもない

それまでは、「大変だから頑張る」のは
そうするとお金がもらえる、というようなこと

金銭欲だったり、出世欲だったり、名誉欲だったり、支配欲だったり
何らかの欲を満たすため

何かのためじゃなく、ただ、楽しいから、というのが動機になるんだ
考えてもいなかったそんな人生。

「何か」のためだったら
こんな大変な思いをしているのに「何か」がやって来るまで死ねるかい
だけど
ただ、楽しいだけの人生を送っていると、いつ死んでも全く後悔なし

そして、5年経って分かってきたのは、
「楽しい」は積み重なり、繋がり、相乗効果を持つ

続ける、ってこういう事だったのか

改めまして

お読みいただきまして
本当にありがとうございます。

今後も、もしお目に止まりましたら
読んでみてくださいね。

[大奥]15-2 お芳は、新門辰五郎の娘

長らく続けて参りました大奥シリーズ
今回が、最終回です。

15代将軍慶喜に対して、正妻一条美賀子のお話をしました。
[大奥]15 一条美賀子。身代わり正妻。
[大奥]15 一条美賀子。日本一の卑怯者に何とする
[大奥]15 一条美賀子。安らかに。

今日は、さらにもう一人、お芳(よし)です

新門辰五郎(しんもんたつごろう)
新門辰五郎は火消しの大親分「を組」の組頭で、十番組の頭取。千人の男たちを動かせる。
その新門辰五郎、大名屋敷の火事の時、大名火消しだけでは間に合いそうにないと、
町火消しにも応援要請がかかった。

ちょうど、その屋敷に客として来ていた慶喜は
当時15歳にして既に一橋家の殿様だった

火事の状況を即座に判断し
町火消しの本来の役割をさっと説明し
大名屋敷は大名火消しだけで十分であって
町火消しは町方の人命を守るべく、延焼防止の方に回るべしと
大名屋敷には、手を出させなかった。

その姿に男として惚れ込んでしまった。
本来、町人の新門辰五郎は殿様に会えるはずもないのだが
裏で何かというと慶喜の仕事を引き受ける事になる

新門辰五郎は久留米藩有馬家の火消しとの喧嘩で、講談として取り上げられ、一躍超人気者になる

そんな新門辰五郎には特別器量良しの、お芳という娘がいた。
大恋愛の末結婚した旦那が蓋を開けてみればとんでもないぐうたらで
おまけに浮気をしちゃったもんだから、さっさと別れて出戻っていた。

慶喜におくにという側室がいる
ただ、身籠っておゆうという女の子を産んだのだけど、産後のひだちが悪かった。
宿下がりということになり、その住処を新門辰五郎が世話をした

慶喜は京都に行ったり忙しく、おゆうにはまだ会っていない。

頻繁にお芳は世話をしに通うが、おくにの病状は芳しくない。

いよいよ危ないということになり
お芳が向かった。

枕元に男性がいて、上半身を起こして抱きかかえている。

くに、くに、わしがわかるか
長いこと来られずどうか許してくれ
何か言ってくれ
お前はまさか、このまま死ぬのではなかろう
わしをおいていくのではなかろう

おくにも慶喜が分かったのか、うっすらと微笑んでいる

すると、慶喜が激しく泣き出した

お芳は目の前で起きていることにただ驚いた。
大の男、それもお殿様が側室が死にそうだと言うことで号泣している

また、来るからな
絶対に死ぬではないぞ

慶喜が家を出るとき
お芳と目が合った。

お前は誰だ
新門辰五郎の娘、お芳ともうします。

おお、新門の
いつもおくにが世話になっているらしいな
礼を言う。ありがとう。

おゆう
その夜、おくには亡くなった。わずか23歳の生涯だった。

残されたのはおゆう
男の子ならば、一橋家に引き取られる道もあろうが、女の子はそうはならない

よし、おゆう様を引き取ろうじゃないか
どうだ、お芳。
お前の子供ということにしちゃあ

よしておくれよ
私が出戻りだってことはとっくに世間様に知られちまってる。

最初元の旦那が引き取って育てるって言っていたのを
お前が無理矢理連れ帰ってきたことにしよう。
おくに様から聞いた話だけどな
おゆう様は、最初はお喜(およし)様になる筈だったらしい
殿様に縁起が悪いからと反対されたらしいんだけど
お前と同じ名前じゃねえか
縁があるってもんでぇ

ある日
ある日、辰五郎が一橋家に行った後、浮かない顔をして帰ってきた。

お芳、お前殿様に会ったことがあるのか
あるよ。おくに様が亡くなった日だよ

そうか
実はな。一橋家に呼ばれて、平岡様から話があった
お前をお殿様のところへお仕えさせる気はないかと言うんだ

えっ。私をかい?

お仕えって言ったって、世間的には妾って意味さ
おらあ、火消しでぇ
娘を妾奉公に出すつもりはねぇ、って言ってやったよ
男と男の付き合いだと思ってやって来たのに情けねえ
娘を差し出せ、はい、分かりましたなんてもんじゃねえ

すると
いや、そういうことじゃない
殿様がお前、お芳を一目見てすっかり気に入ってしまった。
もうすぐ、京都へ行くが、今回は当分帰れない
京都へぜひ、お芳を連れていきたいと言うんだ

悪かったな。嫌な思いをさせた。
断るよ。断ったところで、どうなるような関係じゃねえ。

いや、おとっつぁん。私は行くよ
妾だって構わないよ。
おんおん泣いてたんだよ
女のために、殿様がこんなに泣くのかって

あの時わたしゃ、惚れちまったのさ
おとっつぁんの娘だってことさ

とはいえ
ひとつとても驚いたことがある
あの状況下で、号泣したそのあとで
しっかりと女性を品定めしていたということになる

どれだけ女好きなんだろう。

京都で
京都では色んなことがあった。
慶喜は、お芳にめっぽう優しかった。
全ての女性に優しいんだけどね

そのあと、辰五郎も京都に呼ばれた。
目的は火消し。
京都では、戦争が起きる
その時、京都が火の海になる
それを見越しての辰五郎
男衆を大勢引き連れて乗り込んだんだけれど
辰五郎の奮闘むなしく、京都は火の海になってしまった。

そして、あの鳥羽伏見の戦い
お芳は一緒に船には乗ったが
まさか、それが逃げ帰るという意味とは思わなかった。

どうしても許せなかった。
子供は結局出来なかったし
お芳の方から、縁を切った。

新門辰五郎は、その後、勝海舟から江戸中に敢えて火をつけるという作戦の時
江戸中で少しでも多くの人を逃すという担当を担う。
結局は火の海にならずにすんだけどね

[大奥]シリーズはこちら(少し下げてね)

[天皇]22-24 清寧天皇、顕宗天皇、仁賢天皇

天皇シリーズ
22代から24代までまとめて行きます。

清寧(せいねい)天皇
22代 白髪武広国押稚日本根子天皇(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと)

顕宗(けんぞう)天皇
23代 弘計天皇(をけのすめらみこと)

仁賢(にんけん)天皇
24代 億計天皇(おけのすめらみこと)

清寧(せいねい)天皇は雄略天皇の息子
子供の頃から体が弱く、白髪だったので白髪王
独裁者、雄略天皇の息子なので、すんなり天皇になったかと思うとそうではない。
雄略天皇のお妾さんを、有力豪族吉備の国からもらったんだけど
そちらには、星川稚宮皇子(ほしかわのわかみやのみこ)という息子がいた

ややこしいことにならないように、生前から、白髪王を皇太子として明確に位置付けていた。
でも雄略天皇さえ亡くなれば、そんなことはどうだってなる
我こそが次期天皇なりと反乱を起こした。

白髪王は気弱なので
あらどうしましょう。

分かりました。私にお任せください、と
大伴室屋大連(おおとものむろやのおおむらじ)という参謀が
兵をあげて、星川稚宮皇子を殺した。

白髪王(清寧天皇)は気弱なので
奥さんも子供もいない

次で良いって言ってくれていたら、すぐに譲ったのになあ。

雄略天皇はライバルを殺しまくって自分が天皇の座に付いた。
見渡してみると、次の天皇候補がいない

一番有力だったのが、市辺押磐皇子(いちべのおしはかのみこ)
雄略天皇が殺しちゃったわけだけど
実は二人の子供がいた。

雄略天皇がお父さんを殺したとき
命からがら逃げ出した。

見つかると絶対に殺されるので
丹波まで逃げ
身分を偽って、食いつなぐために兄弟で助け合いながら
ほとんど奴隷のような仕事をしていた。
お兄さんが億計(おけ)で弟が弘計(をけ)ね

紛らわしいわっ

雄略天皇が死んだのは聞いて分かったけど
すぐに出ていったのではやっぱり怖い
ひたすら耐える日々

あるとき、お役人がやって来た
どうも自分達を探しに来たんじゃないらしい。

生活も苦しいし
そろそろ身分をあかすべきだろうか

兄弟で相談

お兄ちゃんのおけは、
出ていって殺されるのは嫌だ
弟の、をけは、
今だって生きるか死ぬかの極貧生活
殺されるのも飢え死にするのも一緒
殺されると分かった訳じゃないし
えいやあっ
名乗り出て見よう

大和までつれてこられて
清寧天皇は

良かったぁ
次期天皇が見つかった

大喜びで、すぐに、お兄ちゃんの億計を皇太子(次期天皇)にした

平穏な日々
良かったね

でも、やはり引っ掛かるのは、親を殺されたこと
兄の億計が
敵を討ちたいよ

えっ
雄略天皇はもう死んでるよ

墓に行って、骨をぶちまけようよ

いやあ、誰であっても、墓を掘るのは駄目でしょう
しかも、清寧天皇は僕たちの恩人
雄略天皇は、そのお父さんだからね

清寧天皇の死
清寧天皇元から体は弱かったけど
ある日、馬から落ちたと思うと、そのまま死んじゃった。
在位期間は僅か4年

皇太子、億計の出番

でも、億計は、
やっぱり違うよ
弟の弘計の方が天皇にふさわしいと思う
頼む

え?
皇太子は前から兄ちゃんだって決まってたんだし
兄ちゃんをさしおいて、僕は出来ないよ

と譲りあって
いつまで経ってもどちらも即位しようとしません

いくらなんでもずっと空位って訳にもいかないので
弟の方が折れて、天皇を引き受けました。
顕宗(けんぞう)天皇です。

ほぼ奴隷のような生活を経験した二人
庶民の気持ちが痛いように良く分かります。
庶民により良い政治をどんどん進めていきます。

ところが、残念!
こちらも僅か3年で亡くなっちゃうんです。

こうなったら、自分が固辞したところで、もうあとがいません。
観念して億計の出番
仁賢(にんけん)天皇です。

弟の善政を引き継いで、この兄弟の次期はとても良い国になります。

10年頑張って、息子の武烈天皇に渡します。

[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)

稲荷。狐と初午

稲荷、その不可思議なるもの
の続きです。


稲荷と言えば狐

狐自体は祀られている神様じゃなくて、その「使い」に過ぎません。
なんで狐なんでしょう

春先に山から里に下りてきて、秋の終わりにまた山に帰るという狐の習性が
稲の収穫の神様の動きに一致すること
狐の色が、稲穂の色と似ていること
狐が身近な動物で、田の周りでうろうろしていること
というような、いくつかの条件が重なったんだと思います。

狐が、他の神様の使いとちょっと違うのは
狐自体に霊力があると思われていたこと
そういう意味では、
春日神社の鹿、日枝神社の猿、八幡神社の鳩、熊野神社の烏等の、使いよりは、
神様に若干近い。

例えば、王子稲荷の大晦日の狐火のように
翌年の豊作を占ったりする

霊力があって、さらに人間にのり移ることが出来ると考えられた。
例えばこんな感じ

釘谷清左衛門の年季奉公で14歳の定吉
ある日、主人と共に、神田明神へ
主人を待っていて、つい居眠り。
その間に狐が憑いた。

定吉は、主人たちがいる座敷に走り込み
主人に「清左衛門」と呼び捨て
どうしたどうした

我は明神の門を守る野狐なり
その方どもに言い聞かすべき事ありて定吉に憑きたり

神田明神の神主も立ち合って聞く

神田明神では新しく「定吉稲荷」を建て、庶民の大人気になる

こういうのを、流行り神(はやりがみ)と言って
一時的に大流行する
多い流行り神は、太郎稲荷だなんだと狐憑き由来のもの

いわゆるイタコみたいなイメージで、
神様の考えていることを人間の言葉で聞ける有難いもの
お告げともイメージが近いですね

ただ、一般的には狐憑きは厄介なものとして認識される方が多い。
人格が変わったり、おかしな行動を取ったり。
何とかして狐を落とそうとする。
祈祷してもらったり、
極端な場合は火責め、水責めも

西洋の魔女狩りを思い出すのでちょっと怖いですね。
ただ、狸に比べると、ユーモラスな感じはないにしても
そんなに悪いイメージはないですね。
イメージ向上に役立っているのは、お寿司のおいなりさんかなあ

正一位(しょういちい)
稲荷をイメージづけるものは、鳥居と狐ともうひとつ
「正一位稲荷大明神」ののぼり

正一位というのは、朝廷から与えられた位
人間については、正一位から少初位下(しょうそいのげ)まで30段階
神様については、正一位から、正六位上まで30段階
稲荷の正一位は、最高の神様である証

本当?
稲荷だらけで、稲荷にはほぼ正一位ののぼり
権威もへったくれもないですよね

実は、稲荷の正一位は、朝廷から与えられたものではない
江戸時代に、幕府から神道の家元として認められた吉田家が
朝廷の許可を得ずに与えたもの

江戸の稲荷は、京都の伏見稲荷から勧請したというような正式なルートを辿っていないのがほとんど
だから数が多い訳です。
ええい、作っちゃえ、という、ゆるーいもの。

なんだか、突然現れたけど、ちゃんとした神様なの?
と言われそうだから
逆に、稲荷だったら正一位の幟をくれると言われれば
はい、稲荷にします、ってなりますね。

初午
稲荷の一番のお祭りは、初午(はつうま)
2月の初めての午(うま)の日
江戸での稲荷は、めったやたらに色んなところにあるので
江戸中で一番盛り上がる日になります。

各戸口に、地口絵が飾られます。

稲荷社の前で、近所中の子供たちが太鼓を打ち鳴らして、踊る

この日ばかりは、武家屋敷も子供達に解放
お屋敷内で遊んで良いし、色んな余興も催される。

当時は子供はすぐ死んじゃう事の方が多いので
子供は町中の宝物
子供が喜んでいる姿を見るのは大人だって楽しい。

そして、無事に元気に育った子供には、一大イベントが待っています。
何歳とは決まっていないけど、一定の年齢になったら、寺子屋に行きましょうとなる
実はいつから通っても良いんだけど
何となく慣習として、初午の日からとなっています。
要は、初午は、今の入学式の日です。

目のあくも いずれ稲荷の いの字から

目があくとは、字が読めるようになること
寺子屋で初めて習う児はいろはのいの字
稲荷のいの字でもあるので、縁起を担いで初午ということのようです。

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)