[歳時記]4/14 徳川家康死去

4/14
徳川家康死去

江戸ファンとしては特別な日になります。

徳川十五代将軍シリーズもやりましたねえ

シリーズあれこれ(た行)

信長、秀吉、家康の中では、家康が好きです。

日本の今は、徳川家康と渋沢栄一で築かれたと思っています。

260年にわたる平和な時代
日本の歴史の中で、この時期にしかありません

死因
今日は、家康の死因について

徳川家康が74歳のとき、鯛の天ぷらに当たって腹痛に襲われたのが原因で寝込んでしまい、
死に至ったというのが家康の死亡についてのひとつの説。

どうでしょう

家康が病気になったときに診察をした医師である
片山宗哲が書いた『片山家譜』のなかの一節に
「大権現、御腹中に塊ありて、時々痛み給ふ」というものがある。

この文章は、医学的に見てみると、
どうやら家康は胃ガンにかかっていたとみることもできる。

つまり、鯛の天ぷらが原因であるという説は違うかも知れない

家康が鯛の天ぷらをその時期に食べたのかも知れないが
食べても食べなくても、その時期には家康は亡くなる運命にあったのかも知れない。

家康は、異常なほどの健康オタクであり
そこいらの医者が舌を巻くほどの医学の知識を習得している

例えば、馬術は断トツに優れているのに、いざという時は馬に乗らない
危ないから

不用意に死んじゃった、というイメージはどうも家康には馴染まない気がする

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[歳時記]4/13 日本に喫茶店が初登場

4/13
昨日がパンで今日はコーヒーです。

日本ではじめてコーヒーを飲ませる喫茶店ができたのは、
1888 (明治21)年の4月13日。

東京上野の下谷西黒門町に登場した「可否茶館」が現代的な喫茶店の第1号だった。

1階はビリヤード、2階は喫茶店という洋館で、客席は50、
新聞や雑誌だけでなく将棋や碁なども備えていたというから、今でいうサロン、
娯楽場のようなものだったらしい。
経営者は鄭永慶という東京の士族だった。

当時の宣伝文句がすごい。
「珈琲の美味なる思わず腮を置き忘れん事疑いなし」。
つまり、アゴが外れるどころか、アゴを置き忘れてしまうほどおいしいというのだ。
よほど自信のある味だったのだろう。

値段はコーヒー1杯が1銭5厘、牛乳入りのカフェ・オレは2銭だった。
さらに席料が1銭5厘。
当時はビール1本が1銭だったから、それにくらべれば高くはないが、
もりそばが1杯1銭という時代を考えれば、やはり割高という感じはある。

華々しく開店した店だが、残念ながら経営は順調にはいかなかった。
値段が高額だったのも災いしたが、
それ以上に問題だったのが、人びとがコーヒーにまだ馴染んでいなかったこと。

いくら新しいもの好きの日本人とはいえ、見た目は真っ黒で、おそるおそる飲んでみると、
これが未体験の苦い味。

コーヒーの苦さは当時の人の口には合わなかったのだ。
結局、赤字続きの経営に鄭はノイローゼとなり、
日本初の喫茶店はたった3年でつぶれてしまった。

その後、明治末から昭和にかけて「カフェー」が流行。
東京銀座の「カフェー・ライオン」、
京橋の「カフェー・プランタン」「カフェー・パウリスタ」などが現われ、
これがコーヒーの普及におおいに貢献した。

しかし、これらの店には着物に白いエプロン姿の女給がいて、
コーヒーというよりもお酌をしてビールや酒などを飲ませていたわけだから、
厳密には喫茶店とはいえないかも

また、昭和になると今度は音楽喫茶が流行。
音のいい蓄音器でクラシックや軽音楽などが聞けるとあって、
当時の学生やサラリーマンなどが集まり、
音楽とともにコーヒーを楽しむようになった。

戦後になるとさらに多様化して歌声喫茶、深夜喫茶、
同伴喫茶、ノーパン喫茶ってのもありましたね。

いつ頃だろう、喫茶店を見なくなってきたなあ、という時期がありました。
でも、その時期は長く続かず
ドトールだの、スターバックスだののチェーン店が雨後の竹の子のごとくバババババ

昔ながらの純喫茶と言われる店も健在
次女は、純喫茶を色々巡るのが趣味
いっぱいありすぎて大変、と言っておりました。

今は、コンビニで美味しいコーヒーが100円で飲める時代になりました。
コンビニの100円コーヒーほんとに美味しい
毎日お世話になっています。

今は、中京圏のコメダ珈琲がものすごい勢いで出てきています。
カミさんは中京圏なので大喜び
喫茶店はね、アンバタトーストがないとダメなのよ、ほらほら

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[歳時記]4/12 パンの日。内緒だよ

4/12
日本ではじめてパンを焼いたのは、
幕末に伊豆韮山の代官で兵学と海防の大家でもあった江川太郎左衛門。

江川太郎左衛門って、代々この名前を受け継いでいて、
パンを焼いたのは、36代目の江川太郎左衛門英龍(ひでたつ)

出たっ、江川太郎左衛門英龍
江戸をウォーキングしていると、あちこちにゆかりの色んなものがある超常連さん

世界遺産になった伊豆韮山の反射炉を作ったし

ペリー来航後に江戸を守るため、大砲を並べた台場を東京湾の中に作っちゃった

それが今のお台場

また、幕末のそうそうたるメンバーが、
江川太郎左衛門英龍の弟子だったり、孫弟子だったり
とにかくすごい人。

それまでは鎖国令によって禁止されていたパンだが、
軽くて腐りにくいことから兵食として取り入れようという声が強まった。
そこで、江川は1842 (天保135)年4月12日に、
自宅内につくった西洋式のパン窯で試作品を焼いた。
やがてその日がパン業者たちによって「パンの日」とされるようになったのだ。

木村屋のあんぱん
パンと言えば、やっぱり木村屋のあんぱん

明治の10大発明の中に堂々のランクイン
明治になると、木村安兵衛が東京新橋駅近くに日本初のパン店「文英堂」を開いた。
そして西洋のパンに使われるイーストではなく、
酒饅頭にヒントを得た酒種酵母菌を使って日本独自のあんぱんを発明した。

その後、木村は銀座に現在の木村屋の前身となる店を構える。
そこであんぱんは大評判となり、天皇にも献上されることになった。
そして、ちょうど桜の季節だったため、春の象徴である桜の塩漬けをのせたのだ。

このヘソのある桜あんぱんは、現在も人気を集めるロングセラー商品。
原料も製法も当時とほとんど変わっていないとか。

このあたりのいきさつや、ブンばあちゃんの頑張りはとっても感動的
さらに、これも江戸のウォーキングではあちこちにゆかりの地がある超常連の山岡鉄舟の全面的バックアップ
過去に記事にしていますので、こっちも読んでね
木村屋のアンパン。ぶん婆ちゃん頑張れ!

木村屋がなければ、あの歴史的ヒーロー
あんぱんマンもジャムおじさんもいなかったのです。

パン
私はこてこての日本人
朝はご飯に決まっとるがな
食パンだぁ?ふざけんな

若い頃、そう粋がっていたこともありました。

なので、小さな声で言います。

パン、美味しいね

魂を売ってしまいました。
実はまだ、食パンだけは食べられないんですが
それ以外のパン、美味しいわぁ
外人さんも大したもんです。

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[社労士]科学的一発合格勉強法。力業。その1

[社労士]科学的一発合格勉強法。社労士とは
の続きです。

社労士試験に一発合格するために、試行錯誤の上編み出した方法
大きく分けると以下の4つになります。

1.力業
2.語呂合わせ
3.横断まとめ
4.理屈

力業(ちからわざ)
まず、使うものが何かですが
私はブログも書いていますし、
ずっと日常的にタブレットを使っています
社労士の勉強でも100%タブレット(Androidの8inchのものです)
紙は一切使いません。

テキストも問題集も紙ではなく電子的にタブレットの中で見ますし
これからお話するさまざまなノウハウも全てタブレット上で展開します。

力業って何かと言うと、全ての勉強法の基礎になるものです。
平たく言えば、問題集をひたすら何度も何度も繰返し解いていくということ

ただ、科学的と言うからには、普通じゃないノウハウが詰まっています。

Excelを使うんです。
タブレットで使える低機能のExcel

使った問題集はメインはTACの問題集
5択問題だと5問と考えるとTACの問題集では全部で約2000問あります。
この全てをExcelに入力しちゃう。

こんな感じです。

元の問題集はこんな感じ

全部手で入力なんてしていたら、8月の試験日になっちゃいます。
どうするか

問題集のページをパシャっとスクリーンショットを取り
文字認識にかける
Google Lens です
Google Lensの文字認識能力は、今回の問題集に関しては100%でした。
完璧
1年前くらいからじゃないでしょうか
それまでは、有料の文字認識アプリを使っておりましたが
無料のGoogle Lens の方が遥かに優秀
1年より前であれば、そもそも全部Excelに入れちゃえって発想にならなかったでしょう。

膨大な量があるので、1週間やそこらではやっぱり無理
さらに、問題文だけではなく、
答え
解説
テキストのどこに対応するかという情報
等々、色々必要なので
何だかんだで1ヵ月を近くを要しました。

それでも、全部入力したのは、
このあとお話しする全てのノウハウの基礎になるからです。

Excelの各種機能が最大限に発揮されていきます。

答え
問題集ですから、問題があって答えがある
問題を読んでいる時は、答えが見えちゃいけない
答えを見たいときにだけ見えるようにする
ずいぶん考えました。
答えの列を非表示にして、見たいときに再表示するとか
横にスクロールするとか

ある日ひらめいた。
答えの列の文字の色を白くする

Gの15のところをピッとタップする
文字は白いので見えていませんが、上の箱に「×」って出てますね
見たい場所をタップするだけで上に表示される

その横の横の解説欄だってこの通り

このやり方をひらめいた時思いました。
ひょっとして私は天才なのではないか

次なるExcelの機能は、絞り込み(フィルター)です。
この機能を使いたかったから、全部入力した

歴史検定2級の時は、一問一答という問題集をひたすら何度も何度も解きましたが
まずずっと通して正解か不正解かをマークしていき、また前に戻って不正解だったものだけを時
残りをだんだん少なくしていく
問題集を解くときはそうなりますが
残りが少なくなっても全ページを繰らなきゃいけない
こういう細かな時間をどう短くしていくかが何ヵ月もかかる勉強では重要

そして、ずっと前からやりたかったのが自分では「殿堂入り」と読んでいるもの

一回全部なめます。次に不正解だけなめます。さらにまた不正解だけ、とやっていって
残りが0になるまで頑張る
ここまでを私は「1巡」と読んでいます。
私は天才ではありませんので、1巡だけで頭に入りません
(あれ? さっき天才だって言ったような)

また元に戻って2巡目の始まり

例えば労働関係の約1000問について、2巡目はこうでした。
2/10~22[1010,552,320,106,33,4]

2/10から2/22までかかって、1回目1010個から始まり、2回目で552個に減りって感じで6回かかって0にした。
こんな風に数をすぐ数えられるのも、Excelの良いところ

社労士は大きく労働関係で半分、社会保険関係で半分なので、このあと社会保険関係へトライ

そしてまた、労働関係の3巡目
3/19~24[742,334,121,23,8]

最初の始まりが1010からでないことにお気づきでしょうか

1巡目の1回目で正解、2巡目も1回目で正解の問題は
もう3巡目では最初から表示しなくていいんじゃないの?
2巡連続で、1回目で正解したんなら殿堂入り
イチローみたいですね

この時点で殿堂入りが250個くらいってこと

労働関係の4巡目は終わったばかり
4/3~7[647,174,68,21,4]

成長ぶりが数字で明確に分かるから、このあと本番までの計画が立てられる

科学的でしょ

ノウハウはまだまだ続きます。
続きはシリーズの次回でね

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