TOEIC楽しかった

TOEIC受験しました

前日の夜は興奮してほとんど寝れなかった
まずい、集中力が出ないのでは

結果的に言うと、2時間の試験中には、ボーッとしちゃうこともなく
集中力も切れる事はなく助かった

有名なテストだけあって
いっぱいあるであろう全国の試験会場だが
ここ池袋の会場もかなりの多人数

周りを見て驚いた
みんな若い人ばかり
少なくともはげた人は一人もいない

自分だけ特別にすごい事をしているよう

君たちは若いし、大学受験から間もないかも知れないけど
今更なんでって感じの、初老のおじさんだってがんばってんだからね

そう思うとやたら楽しくなってきた
君たちは何点狙いなのかな?
こっちは、まだまだ低レベルの470点狙いさっ
温かく見守っておくれ

さあ、始まった
リスニングはPart1からPart4まで
感覚でいうと、Part1とPart2は力試しの時と同じくらい
Part2はもうちょっとできたかも

Part3とPart4は全滅
見事に何ひとつ分からず、エイヤでどこかにマーク
力試しの時もそうで、それでもたまたま40%を超えたけど
ほんとにたまたまだし、今回の方が力試しの時よりもっと分かっていなかった気がする

リスニングはほんとにまだまだだって課題が明確になって良かったと考えよう

練習問題をやっていても
最初に聞いたときは、見事に何ひとつ分からないんだけど
同じ問題を、答えを見る前に、2度3度聞いていくと、分かるようになる
当然、今回の本試験は、初めて聞くものばかりだから
見事に何ひとつ分からないのはやっぱりそうだった、との想定通り
でも何度も練習を重ねれば、分かるようになる可能性も示唆しているよね

リーディング
Part5は短文ばかり。
かなり頑張ったのでひょっとしたら、力試しの時より良いかも、って感じがする
Part6とPart7はやっぱり長文

力試しの時は時間がなくて、200問中20問は解けずに全部Aにした(4択)
今日はきれいに全く同じで200問中20問は解けずに全部Aにした
ただ、解けた問題に関しては、力試しの時より感覚としては良い感じ
ある程度分かったのもあった

総合してどうだろうか
Part3 Part4 が思いきり足引っ張っているし
やっぱり20問解けていないし

ほんとに運しかないなあ
たまたま、470点とれていれば、無茶苦茶嬉しいんだけど

結果が出るのは1ヵ月後
ワクワクドキドキ

まあ、結果はどうか分からないにしても
若い人たちにまじって受けていて、「楽しい」って思えたのは
受けて良かったなと思う

このあと、今日の感覚を踏まえてどうするか、考えることにします

[英語]シリーズはこちら(少し下げてね)

明日、TOEICテストを受けます

いよいよ、明日TOEICテストを受けます
英語ってほんとにやるべきことがいろいろあって、時間切れではあるのだけど
現時点での程度を把握するという意味合いだったのだから
それにしてはかなり頑張ったと思う

特に単語は2ヵ月前に比べると飛躍的に分かる単語が増えている
そうなると、リスニングやリーディングの長文問題も正解率がアップしたんじゃないかと期待したんだけど
不思議なことにほとんど変わらない
やっぱり4割そこそこにしかなっていないから
目標にしている470点は行きそうにない

どんなものでも成果には結び付かないけど、着実に地力はついていて次に繋がる時期ってあるもので
今がそれだと信じたい

結果はどうあれ、やるだけの事はやった実感がある
TOEICテストのための勉強、って事でずっとやってきたけど
本当にやりたいことは、外国人の方たちに東京の名所を案内したいということ
一旦区切りをつけて、そのスピーキングの方にシフトしていきたいと思う

さあ、いずれにしても明日
今のところ体調に問題はないので、明日までちゃんとキープして頑張るぞ

I will take the TOEIC test tomorrow
I did only what I could, so I’ll do my best.

[関東の戦国]5 勝って嬉しいはないちもんめ

[関東の戦国]1 戦国時代のベース
[関東の戦国]2 享徳の乱、長享の乱
[関東の戦国]3 北条氏現わる
[関東の戦国]4 北条と上杉のバトル
の続きです

上杉と連合軍の対決
関東に攻め入る上杉謙信
迎え撃つ、北条氏康氏政と武田信玄の連合軍

上杉謙信の関東侵攻は8回にも及びます
①永禄三年八月から同四年六月
②永禄四年十一月から同五年三月
③永禄五年十二月から同六年四月
④永禄六年十二月から同七年四月
⑤永禄八年十二月から同九年四月
⑥永禄九年九月
⑦永禄九年十月から同十年三月
⑧永禄十年十月から十一月

多いのが冬の時期
地元越後に雪が積もっている冬の間は関東で戦をし
雪が溶けた頃に国に帰るパターン

一方の武田信玄が迎え撃つための関東への進軍は、短期で12回に及ぶ

戦のイメージとして、各地で、上杉軍と連合軍が武器を持って戦うことをイメージするが
実はそうではないケースの方が多い

関東の武蔵の国には多くの国衆と言われる存在がある
大名の小型版と考えてよい
それぞれ城を持ち、地域を支配している

そこに例えば、上杉軍がやってくる
うちの陣営に従え

やだね

これでもか。バチバチ

分かりました、従います

今度、連合軍側がやってくる
同様のやり取りが行われ
今度は連合軍側に寝返るといった具合

それによって、勢力図がコロコロ入れ替わる
「はないちもんめ」をイメージすればよい

押したり引いたりが繰り返されるが
♪勝~って嬉しいはないちもんめ
は雪崩を打って、北条武田側にころんでいく

加えて、大規模な飢饉が起きたことで
国衆たちも、もういい加減にしてほしいという感じが広がっていく

そんな中で、上杉軍も連合軍も関東に進出しない時期が生じた
武田信玄が越後の国衆に働きかけて、武田軍にくみさせ
上杉謙信を越後から出られないようにした

そうなると、武田北条連合軍が関東を完全制圧できそうに思われる
でも武田信玄の目的は別の方向にあった

西へ

強力に結び付いていたはずの甲相駿同盟が突然破棄される
信玄が、今川の駿府に侵攻

驚いた北条が間に入って和睦に至るが
突然の裏切りで信頼感は地に落ちているので

やはり、和睦は形ばかりで、武田が今川に侵攻
面目を潰された北条は今川につく

ここで、北条が大胆な作戦に出る
敵の敵は味方理論
なんと上杉に、今川北条連合との同盟を申し入れる

この続きはシリーズの次回ね
[]シリーズはこちら(少し下げてね)

[神社] 神武天皇。初代天皇

日本の神様シリーズ
初代天皇になります
天皇シリーズともダブることになるので、できればこちらも読んでね
[天皇]1 神武天皇。新天皇即位記念。

神武天皇

「古事記」「日本書紀」は、「大和(奈良県)の天皇が天下を支配すること」の正当性を示す役割をもっていました。

ですから、アマテラスオオミカミの子孫が九州を支配しているだけでは、
「天皇」とみなすわけにはいきません。
大和に本拠地を置いて各地を勢力下に入れたとき、
初めて天下を支配したことになり、「天皇」とされるのです。

その役割を果たしたのが、ニニギからホオリとウガヤフキアエズを経て登場した、
カムヤマトイワレビコです。
彼は九州を出て本州に乗り込み、各地の勢力を服従させた末、
大和に政権を樹立して、初代天皇になったとされます。
ここから和名に加えて、中国から伝わった漢字の名前も加わります
「ん」の話でいうと、それまでの日本語には「ん」の発音がないので
カムヤマトイワレビコはじめアマテラスオオミカミやスサノオノミコトなどという和名には「ん」がつきませんが、神武天皇には「ん」がつくわけです

この初代の神武天皇の即位の日は、
現在用いられている暦では2月11日に当たるとされ、
その日は「建国記念の日」という祝日となっています。

日本書紀によると、神武天皇が誕生したのは紀元前711年で、縄文時代に当たります。
76年も在位し、127歳まで生きたとされる神武天皇は、
神話の登場人物(神)であり、
モデルはいたとしても、実在の人物ではない可能性が高いと思われます。

ゆかりの神社
奈良県の橿原神宮(かしはらじんぐう)は、
建国の神たる神武天皇が畝傍山(うねびやま)のふもとにかまえたとされる橿原宮にちなんで、
明治時代に建てられた神社です。
ご利益としては、神武天皇の運勢の強さに由来する開運や、
長寿に由来する延寿のほか、
世界平和といったスケールの大きなものもあります。

九州の宮崎県には、
神武天皇の孫タケイワタツノミコトが祖父の霊を祀ったのが由来として伝わる宮崎神宮があり、
そのご利益は国家安寧、家業繁栄、交通安全など多岐にわたります。
同じく宮崎県、神武天皇誕生の地といわれる霧島連峰のふもとの狭野(さの)神社には、
事始めや安産などのご利益もあるとされます。