[関東の戦国]1 戦国時代のベース
[関東の戦国]2 享徳の乱、長享の乱
[関東の戦国]3 北条氏現わる
[関東の戦国]4 北条と上杉のバトル
の続きです
上杉と連合軍の対決
関東に攻め入る上杉謙信
迎え撃つ、北条氏康氏政と武田信玄の連合軍
上杉謙信の関東侵攻は8回にも及びます
①永禄三年八月から同四年六月
②永禄四年十一月から同五年三月
③永禄五年十二月から同六年四月
④永禄六年十二月から同七年四月
⑤永禄八年十二月から同九年四月
⑥永禄九年九月
⑦永禄九年十月から同十年三月
⑧永禄十年十月から十一月
多いのが冬の時期
地元越後に雪が積もっている冬の間は関東で戦をし
雪が溶けた頃に国に帰るパターン
一方の武田信玄が迎え撃つための関東への進軍は、短期で12回に及ぶ
戦のイメージとして、各地で、上杉軍と連合軍が武器を持って戦うことをイメージするが
実はそうではないケースの方が多い
関東の武蔵の国には多くの国衆と言われる存在がある
大名の小型版と考えてよい
それぞれ城を持ち、地域を支配している

そこに例えば、上杉軍がやってくる
うちの陣営に従え
やだね
これでもか。バチバチ
分かりました、従います
今度、連合軍側がやってくる
同様のやり取りが行われ
今度は連合軍側に寝返るといった具合
それによって、勢力図がコロコロ入れ替わる
「はないちもんめ」をイメージすればよい
押したり引いたりが繰り返されるが
♪勝~って嬉しいはないちもんめ
は雪崩を打って、北条武田側にころんでいく
加えて、大規模な飢饉が起きたことで
国衆たちも、もういい加減にしてほしいという感じが広がっていく
そんな中で、上杉軍も連合軍も関東に進出しない時期が生じた
武田信玄が越後の国衆に働きかけて、武田軍にくみさせ
上杉謙信を越後から出られないようにした
そうなると、武田北条連合軍が関東を完全制圧できそうに思われる
でも武田信玄の目的は別の方向にあった
西へ
強力に結び付いていたはずの甲相駿同盟が突然破棄される
信玄が、今川の駿府に侵攻
驚いた北条が間に入って和睦に至るが
突然の裏切りで信頼感は地に落ちているので
やはり、和睦は形ばかりで、武田が今川に侵攻
面目を潰された北条は今川につく
ここで、北条が大胆な作戦に出る
敵の敵は味方理論
なんと上杉に、今川北条連合との同盟を申し入れる

この続きはシリーズの次回ね
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