[野菜]キュウリ植替え大作戦

野菜造りスタート
[野菜] 一体何が起きたのか
[野菜] どうしたものか
の続きです。

キュウリ
今年の野菜栽培は大苦戦
なぜうまく行かないのか、どうにも理由が分からない

去年のこの時期はトマトもキュウリもジャングルになっていたんですがね
↓去年の5月17日

キュウリは、枯れちゃったから、再度苗を買い直したと言いました
↓4/19

ところが、そのキュウリでさえ、しなしなになってしまった。
仕方なく3たび買い直すことに。
↓4/27

原因が分からないので、同じ場所に植えるのをやめ
プランターに植えてみて原因を探ろう
プランターでは、野菜の土、というのを買ってきて、まるまるその土にした
今年の畑の土はうまく育てられなかったのかもしれないのでね

プランターのキュウリはまずまず順調に育ってきた
再度植えた畑の方のキュウリはまたまた完全消滅
3度目の正直

キュウリ植替え大作戦
キュウリ植替え大作戦を決行だ
植替えは植物にとって大きなストレスだけど
根付いてくれ、と、ひたすら念じよう

プランターの土ごとごそっと、そろりそろり
ネギも、もう役目を終えたので外しましょう
相性が良いからと横に植えたけど
かなりネギが大きくなりすぎたので
水分ごっそり取られちゃった可能性もある

キュウリネットも張って
どうだっ

そして、一夜明けた今朝
おっ
昨日はなかった、花が咲いているではありませんか
ひょっとしてちゃんと根付いたかな

[植物]シリーズはこちら(少し下げてね)

[織田信長]5 天下をお取りになるまでは

[織田信長]1 まむし殿の娘、濃姫
[織田信長]2 二人だけの時間では
[織田信長]3 美濃はそなたに差し上げる
[織田信長]4 血戦桶狭間
の続きです

家康
桶狭間の戦いに勝利した信長
桶狭間の戦いで今川勢で唯一勝利したのが徳川家康
他の今川勢が総崩れになったために、人質の身から晴れて解かれ、実力で岡崎城に戻れた
残った今川勢の中で、今川当主となった、今川氏真に対して
義元殿のとむらい合戦をいたしましょうと呼びかけるも、氏真はその気なし

織田信長は、徳川家康の戦いぶりに感服し、和平を申し入れる

今川義元には恩義を感じていたものの、氏真には何の感情もない
この機会に、織田陣営に鞍替えすべきではないか
随分議論が交わされた後、家康自身が判断
清須に赴いて、織徳同盟が交わされる
この後22年に渡って破られなかったのは、戦国時代にあっては珍しい

美濃攻め
報せが舞い込む
斎藤(土岐)義竜病死
妻濃姫の父斎藤道三を殺した相手
あとは義興が継いだ
好機到来
美濃攻めに打って出る

ところが、美濃の斎藤勢が、めっぽう強かった
織田勢は総崩れになり、逃げる
追手に迫られ、信長自身、絶体絶命の危機

そんな時に、斎藤勢の居城、稲葉山城の近くに灯りが近づいて行くのが見えた
まずい。空けている城が取られる、と斎藤勢が引き返した
九死に一生を得た
実は、その灯り
木下藤吉郎秀吉が山のあちこちに、たいまつを灯して回ったものだった

代替わりしたての斎藤勢がなぜあんなに強かったのか
そこには、卓越した軍師、竹中半兵衛がいた

再び攻めるにおいて、同じ方法では勝てない事が分かった
様々な議論が交わされ
敵の領地内に我が軍の攻撃拠点の城を作ろうということになる
墨俣(墨俣)川の敵方の領内に墨俣城を作る。
ただ、墨俣川は雨で増水すると織田側からは渡れなくなり孤立する
超短期間で築城を完成しないと危ない

担当を命じられた佐久間信盛はチャレンジしたものの、早々にギブアップした

築城の件、この藤吉郎にご下命くだされば幸いでございます

秀吉大出世のきっかけとなった語り草、墨俣一夜城である
足軽主に過ぎなかった木下藤吉郎秀吉は、一気に墨俣城の城主となる

準備は整った
本格的に美濃攻めに取り掛かろう

藤吉郎秀吉が情報を入手
竹中半兵衛が忠興と不仲になったらしい

竹中を説いて、わが陣営に取り込みましょう

秀吉は自ら変装して竹中のもとへ
説得を試みるも一蹴
主君を裏切るなどもってのほか

あきらめない秀吉は、二度三度訪れ
とうとう、七度目の訪問で口説き落とした

永禄7(1566)年
本格的な美濃攻め開始

籠城していた斎藤忠興は降伏して城を明け渡す

信長、稲葉山城に入城
斎藤道三死後、5年半にしてようやく美濃攻めに成功した

「お濃、とうとう生まれ故郷に帰ってきたな」

「亡き父も喜んでおりましょう
殿は、これだけでは満足なさらないでしょう
天下をお取りになるまでは」

天下を取る

誰にも言ったことのなかったこの要望
濃姫には感じ取られていた

沢彦(たくげん)和尚を召寄せた

稲葉山城という名、どうも気に入らない
何かいい名前はないか

稲葉山は金華山
稲葉山城は岐阜城と名前を変えた

岐阜
中国、周の時代の岐山にちなんだめでたい名前

天下布武

この頃から、この印鑑を使うようになる

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

[家重]4 お庭をともに歩きとうございます

[家重]1 まいまいつぶろと呼ばれた将軍
[家重]2 家重様の目と耳になってはならぬ
[家重]3 どんな駒でも、前に進むことができる
の続きです

京都から、家重の特別な事情を知らずに、公家のお嬢様、比宮(なみのみや)が嫁いできたところでした
比宮(なみのみや)
嫁いできてから10日間は、大奥や幕閣たちの訪問が続き肝心の家重との対面は果たせずにいた
その間も、家重からのそうび(薔薇)の花は毎朝、比宮のもとに送られている

そして、11日目
比宮の家重との対面

比宮は戻ってきて青ざめていた

比宮のお付きのお幸が何を尋ねても、何かを答えられる状況になかった
部屋にこもって、ただすすり泣くばかり

数時間後
再度お幸が尋ねる

何があったのでございますか

家重様は尿を漏らしておられた

ゆばり? あの尿でございますか。比宮さんはまた、何をお言い出されますやら

お身体にまともなところはなかった。
右足は曲げることもできず、横へ放り出されたまま。
右手はだらりと横に垂らしておいでで、口からは涎が零れていた。
お顔も、醜く歪んでおいでじゃ

この時代の公家は食べていくのがやっと
このまま京都にいても何も良いことはない
比宮は意を決して江戸にやってきた

運命
家重があのような体で生まれたのも運命
私がそこに嫁いできたのも運命

そうは思うのだが
それでも

比宮が涙を見せたのはその日だけだった
だが、毎朝の花が届いても、見ようともしなかった

そのうちに、花も届かなくなった
懐かしい京都からお道具が届いても、かえって比宮の気持ちは沈んでいった

お幸。武家では男子が生まれねば御家断絶であろう

はあ、武家に限ったことでもございませぬが

家重様はどうなさるのであろう。
誰ぞ、世継ぎを挙げて差し上げれば、私も肩の荷が下りるが

・・・
私のせいであろうか

婚儀のとき
2度目の対面となった
忠光を通じての何らかの会話が持たれる事はなかったが、
初めての時よりは、冷静に家重の事を見ることが出来た

比宮がそっと家重の顔を窺うと、こめかみから汗が流れ落ちていた。
動くほうの左の拳は堅く握り込まれ、
口許はわななきながら一文字に食いしばられていた。

少しは家重の身になって考えることも出来た

一度、忠光殿を召されてはいかがですか?

お幸の言葉には、そのうちに、と答えただけだった。

忠光だけが家重の言葉を解する
その事がよく分からなかった

比宮が江戸に来て、初めての正月が過ぎ
家重から久しぶりに届けられたのは白梅だった
老中の酒井忠音が自ら持参した

家重様が、甘藷を庭に植えておられるのですがな
ご自身が上様のためになるのはそれくらいだと申されまして。

家重様が?
それではそなたは、家重様の言葉が聞き取れるのか

いえいえ、忠光にございます

そのものの申すこと確かか

お疑いなのも無理もございません
私も最初は疑っておりましたゆえ

二人がいるところで、聞こえてしまったのですが
薔薇の棘をとってくれぬかと、
家重様が、忠光に、頼んでおりました
あやつ、癖になっているんでしょうな
二人だけの場で自分に対する言葉ですら、
そのまま一言一句違わず口に出します

確かに薔薇の棘は取ってありました

比宮様のお好きな花は、何でございますか

薔薇です

忠音は満足そうに微笑んだ

それがしから、家重様にお伝えしておきましょう
比宮様がもう薔薇はお好みではない事は、家重様に伝わっておりましたゆえ

私はそのような事は申しておりませぬ

仰せにならなくとも、伝わることは多ございます
人というのは口が聞けずとも、思いを伝えられるということになりますな
ならば、私からだけではなく、比宮様からも文をお書きになってはいかがでしょう

比宮は文を書いた

お庭をともに歩きとうございます

あくる日

このあとは、シリーズの次回ね

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カミさんのぐるぐるマップ

カミさんは筋金入りの方向音痴
若い時よりは、だいぶ良くなったんですけどね

西武池袋線の秋津駅からJRの新秋津駅って
乗換駅ではあるものの、外に出て結構の距離を歩く必要がある

西国分寺に行く必要があったので
西武池袋線からJRに乗り換え
途中、新秋津駅の近くに有名なケーキ屋さん
ケーキを買いましょう
ケーキ屋を出てしばらく歩くと
あれえ?
目の前に西武池袋線、秋津駅

西国分寺駅から
仕事で府中療育センターというところに行く必要があった

プライベートなら、自分の野生の勘を信じ
行き着けないことも数回あり、めげないでただ帰ってくるカミさん

仕事の場合は、行けないと困るので
ぐるぐるマップを使うことを覚えた。
世間一般では、GoogleMapだが
カミさんは、ぐるぐるマップだと言い張る

ぐるぐるぐるぐる、あっち行けこっち行けうるさいのよ
言う通りに行ったけど、いつまでたっても着かないのよ

ようやく30分以上かかって着いた

向こうで仕事仲間と落ち合う

どうやって来た?

バスに乗ってきたよ
歩くと30分以上かかるって書いてあったからね

うそぉ
そんなふうに書いてた?

(私がGoogleMapで調べると徒歩17分。まずまずの進歩かも)

帰りはバスで帰ってきて
私に
大変だったわよ
ぐるぐるマップはうそばっかりつくのよ

そんな事はないけどね

でも、最初に行くところは、頑張ってぐるぐるマップ使ってるんだけど

大進歩じゃん

でも行ってみたら、最初じゃなかったって分かったんだけどね
ああ、ここ来たことあるわって

へえ
2回目だったのね

ううん

どういうこと?

5回目くらい

(ドヒャー)

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