神田上水を辿って

週末だ
隙あらばお出掛けっ

神田上水
この前、目白の庭園巡りしたときに
神田上水のスタート地点は確認したので
いつか、この先の神田上水を辿ってみたいなと思っていた。

玉川上水は、一日じゃ辿れませんからね

江戸時代に水道があったという話は、これも見てくださいね
水道歴史博物館に行って来ました

大洗堰
一番昔に始まったのが神田上水で、そのスタート地点だから
日本の水道の始まりの地点

神田川を塞き止めて水位を上げ
横っちょから、水道用の溝に流す。
下水とは分けた、飲み水等の生活用水なので、下水に対して、上水
最初は小石川上水と呼んでいたけど
神田上水に改名。

いつもの、江戸時代の地図と現代の地図が重なって見える
「大江戸今昔巡り」というアプリが大活躍

面白いなあ
今の「巻石通り」という道路とぴったり一緒
おそらく水路の周りを石で固めた巻き石という工法だから

途中、文京福祉センターを作る時、神田上水の遺構が見つかり
その石とかを残してくれている



当時のものが出てきたって、とてもワクワクします。

住所も、水道って付いています

えっ

町の案内板に、徳川慶喜終焉の地、とありました。
こういうのがあるから、実際にウォーキングしてると楽しいんですよね
徳川慶喜ファンとしてはたまりません。
グーグルマップにも実は出ているんだけど
それほどメジャーじゃない場所は
ぐぐっと拡大しないと出てこないんですよね
案内板で見つけて
えっ、そんなのあるの?って思って
グーグルマップをガガッて、広げると
あったあった、ってパターンが何度もあります。

小石川後楽園
神田上水って、途中、小石川後楽園の中を通ります。
よし、後楽園の中にも入って見ましょう

後楽園は二度目です。ウォーキングイベント本番も合わせると三度目
小石川後楽園
入ろうとして、時間を見てふと気づきました。
あっ、まだ11時になっていない。

都立9庭園って
ガイドさんが、11時と2時に説明して回ってくれるんですよね
ほぼ一時間
途中から、都立9庭園のガイドさんの話は絶対聞くべし
と分かったんだけど
後楽園については、ガイドさんの話を聞いていなかった。

色んな話を仕入れることが出来ました。

水戸光圀は若い頃ぐれていて、史記を読んでから感銘して学問に目覚めるわけですが
この詳しい経緯とか
なぜ、高松藩と次の藩主を交換したのかとか
細かく、色んな場所のいわれをいっぱい聞けた



肝心の神田上水はこの円月橋の下を流れ

後楽園を横切っていく。

今は、地下水を汲み上げているそうですけどね

続き
その続きは、当時の水戸藩の御屋敷の敷地内
現在の東京ドームを横切ります。
この辺に出てくる感じかなあ

そこからまた、神田上水の上を歩いていきます。

そして
神田上水は神田川を横切ります。


水道を橋で横切らせるから、水道橋。
今の水道橋の地名はここから来ています。

元々、神田川から分岐したくせに
そんなめんどくさい事するんだったら、またこの時点から
水を取り直せば良さそうなものですが
高さを高いままにしたかったことと
下水と上水を分けたかったこと
この低い方の神田川は
満ち潮の場合は汐が混じるということもあります。

地下に
このあと、地下に潜って、人々に水を提供するんですが
その詳しいことは、水道歴史博物館で詳しく説明されています。

一度行きましたが、ここから近いので再度寄って総仕上げ
先程の神田上水の説明板に
本郷給水所公苑内に、神田上水の石垣が移設保存してあると書いてありました
地図を見ると水道歴史博物館の隣
なるほど、両方とも、東京都水道局の施設ってことですね
前回、水道歴史博物館に行ったときは、
本郷給水所公苑には寄っていないので
行ってみることにしましょう。

水道歴史博物館に行って、可愛いお姉さんに

すみません、神田上水の石垣が残っていると聞いたんですが

はい
そちらの細い道を行っていただいて・・

ありました。

おおっ
これは分かりやすい
こんな感じだったのか

本郷給水所公苑はそこそこ広い公園で
バラがとてもきれいに咲いていました。

戻って、水道歴史博物館
興味深い展示がいっぱいあって、何度来ても楽しめます
詳しくは前回の記事を読んでね

神田上水がようく分かった一日でした。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ
[江戸の文化]シリーズはこちら(少し下げてね)


マンリョウ

花カレンダー始めました

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です