天英院と月光院、あな恐ろしや大奥女のバトル

徳川将軍シリーズ、6代家宣、7代家継親子の番外編
女のバトルでございます。

正室と側室
家宣はやはり正室を宮家からもらいます。
天英院です。

ただ、この後ずっとそうなんですが、
宮家からもらった正室から次のお世継ぎが生まれた事は
ただの一度もありません。

ここも例外ではなく
家継は、側室の月光院から産まれます。

恐ろしいですね。
ここから、バトルが始まります。

お互いに一歩も譲らぬ互角の戦いです。

バトル
天英院は正室。
位も申し分ない宮家。
2ポイント先取ですね

一方の月光院、側室とは言え
なんと言ってもお世継ぎの母親
まず1ポイント返します。

そして次なるポイントは
何故家宣の手が付いたかを考えると分かります。

美貌ですね
でっかい1ポイントですね

家宣が生きている間は完全に互角でした。

家宣の死後
家宣の死後、バランスが崩れます

正室ポイントが弱くなって、
ぐぐいっと月光院側有利になっていきます。

そこに間部詮房(まなべあきふさ)の存在が絡んできます。

子供将軍家継のお父さんがわり

月光院ととても仲が良い。

男性は入ってはいけないはずの大奥になぜかいたりします。

これは、月光院にとって強みのようなんですが
実は弱点だったりします。

この事に呼応するように大奥の風紀が全般的にゆるーくなっていく

そして、事件が起こります。

絵島生島事件
月光院の右腕の絵島。
総取締役です。

ある時、月光院の代わりに、増上寺にお寺参りをします。
言わば公務。
ぞろぞろと100人ほど。

その帰り道に、山村座に芝居見物に行きます。

公用車で湯河原に行った感じかな

禁じられてはいるんですが、見張り役の武士に付け届けが渡り
まあまあまあ、って感じ

ここまではまあ良かったんだけど
元々、絵島は、人気役者生島と仲が良かった。

芝居のあと、ちょっと個人的にお会いして
そこで、ちょっと時間がかかっちゃった。

さあ、そこで何があったのかは
闇の中なのですが。

結果として、門限に間に合わなくなっちゃった
暮六つから2時間遅れる。

開けて!
絵島よ。後生だから。

月光院から手が回ってその日は入れてもらえます。

ところが、その3ヶ月後、天英院の耳に入ります
天英院として絶好のチャンス。
一矢報いるには、この風紀ってテーマしかない。

現象的には門限に間に合わなかっただけのことですが
大奥史上類を見ない大事件へと発展します。

天英院としてはこれを足がかりに月光院派の息の根を止めたい。
門限破りや、禁止されていた芝居見物ぐらいのことでは
息の根を止めることができない。

狙うは密通。
絵島と生島の密通。
大奥の女性は将軍以外とは交わってはいけない。
って言ったって、将軍は子供なんですけどね。

そして、一番の本丸は
月光院と間部詮房との密通。

生島が石抱きの拷問。
情交を自白します。

絵島は、うつつ攻め
三日三晩一睡もさせずに尋問する。

何とおっしゃられても、私、嘘は申しませぬ。

最後まで否認し続けます。
月光院と間部詮房との密通に関しても、口を割りません。

結局、連座するもの1500人と言われるほど、大疑獄事件に発展します。
山村座は取り潰し。
絵島は死罪。
月光院派の女中15人が処罰。
月光院や間部詮房に対しては、自白を得られなかったため、追求できなかった。

なんとかお願いいたします。

月光院は下げたくない頭を何度も下げて
絵島の死罪だけは勘弁してもらいます。

信濃国高遠藩への遠流。
囲い屋敷から一歩も出させてもらえない。
食事は一汁一菜、朝夕の二食のみ。
書を読むこともだめ、筆紙さえもだめ。

それまでに暗誦していた法華経を唱える以外
やることのない一生を過ごすことになる
33歳から28年後に病死します。

とどめ
天英院として、高々に勝利宣言をするのは
とどめの一発が必要です。

跡目争いへの勝利です。
家宣死後、4歳の家継になりますが
元々病弱。
最初から、次をどうするか考えておかねばなりません。
徳川宗家が途絶えてしまうのはほぼ確定。
御三家へと移らざるを得ません。

天英院が押すのは紀州の吉宗です

結果は皆さんご存知の通りですが
途中に大変不思議な事が起こります。

このあたりのことは、次の吉宗の時にお話しましょう。

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