[織田信長]1 まむし殿の娘、濃姫
[織田信長]2 二人だけの時間では
[織田信長]3 美濃はそなたに差し上げる
[織田信長]4 血戦桶狭間
[織田信長]5 天下をお取りになるまでは
[織田信長]6 上洛の大義名分
[織田信長]7 義昭を将軍に
の続きです
朝倉攻め
美濃に以前から朝倉家の飛地がある。
朝倉としては、他国に飛地を持っていることは不便なので、
これを比叡山延暦寺に寄進した。
その代り、延暦寺と朝倉家とは、何か事が起こった場合には、互いに助け合うという約束を結んだ
信長は、そんな約束は認めない
美濃はすべて自分のものと考えているから、土地を没収してしまった
怒る延暦寺は、朝倉家に信長退治の密談を申し込んだ
間者を通じて、信長に筒抜け
信長は朝倉討伐を決意した
柴田勝家は
「先年、浅井家と御縁組の際、朝倉とは事を構えぬと誓約されました筈、
その朝倉と合戦に及ぶとあれば、一応、浅井氏へ御談合あって然るべしと存じますが」
「浅井に知らせたならば、浅井としては、織田、朝倉両家に義理を立てる方法に当惑するだろう
後で、やむを得なかったことを知らせるのが良かろう」
援軍に徳川を得て、朝倉に進軍
朝倉懸命の防戦も、一つ一つと主要な城が落とされていく
三日目、いよいよ本城一乗谷に乱入しようとした
その時、報がもたらされた
浅井長政、朝倉に内応して背面より来襲
まさか
信長は耳を疑った
次々、知らせが届く
六角氏出陣
延暦寺出陣
浅井軍迫る
信長は完全に、包囲された
援軍到着前に、一乗谷城に突っ込もうとする信長だったが
幹部たちは全員反対
いつもなら、独断でことを進める信長も
さすがに状況が悪すぎた
分かった引き揚げるとしよう
誰か、追っ手を食い止める殿(しんがり)役をかって出るものはおらんか
静まり返る
竹中半兵衛が秀吉の袖を引いた
「私めに、仰せ付けくださいませ」
幹部たちはほっと胸をなでおろした
良かった猿めが死んでくれるか
各部隊から貸し出された兵を合わせて、700
1万の朝倉勢を食い止めねばならない
わしは死ぬつもりはない
半兵衛、いかにする
徳川が椿峠の方に引き揚げていきました
その後を追いかけるのがよろしいでしょう
旗や兜を落としながら行けば、敵はこちらを追いかけてくるでしょう
追いつかれる前に徳川に追いつけば、徳川も大軍
激しい戦いは挑まないでしょう
敵が狙うは信長殿
徳川には恩怨はない
その時点で、信長は違う道を行ったと気づき、引き返していくでしょう
それだけ時間を稼げば、しんがりとしての役目は充分
未明に城を脱出した秀吉軍、急げ
朝倉軍、退去に気づく
旗や兜を見て、椿峠方面と判断
追えっ、追ええっ
追いつかれた秀吉軍必死の攻防
椿峠についた徳川、後方での異変に気づく
援軍出動
あれは、徳川か
謀られた。
信長じゃ、信長を追えっ
筋書き通り
姉川の戦い
信長にとっては屈辱だった
退去後、大急ぎで兵を立て直し、本格的に準備を始める
約2ヶ月後の6月28日早朝、
姉川を挾んで、北に浅井、朝倉勢1万8千、
南に織田、徳川勢2万8千、相対峙して決戦の火蓋が切られた
姉川の水深、約1メートル。
両軍、姉川を越しつ越されつ、水飛沫と血飛沫とをあげて、
はげしく闘った。
朝倉、浅井勢次第に敗れて、小谷へ向って走り、
織田、徳川勢はこれを急追して、小谷城に迫った
信長は、小谷城の堅牢が大量出血を余儀なくさせるであろうことを慮って、全軍に引揚命令を下した。
この日の戦い、午前5時に始まり、午後1時に至る。
浅井、朝倉方の死者1700余人、織田、徳川方の死者800余人