[徳川名参謀]5 綱吉→柳沢吉保

徳川15代闇将軍シリーズです。

あの5代綱吉に対する名参謀になります
マザコンの犬公方、綱吉も読んでね

柳沢吉保
柳沢吉保(やなぎさわよしやす)が 側用人として登用されたのは 1688年の暮れも押し迫る頃 東山天皇の即位に合わせて元禄と改善されて間もなくの頃でした。

側用人
柳沢吉保を語るにおいては、側用人(そばようにん)とは何かから。

側用人は将軍の側にいて身の回りの世話を見る
その中で重要な役割が将軍と老中の取り次ぎ
通訳みたいなイメージ
将軍には老中たりとも直接話が出来ない。
側用人を介して話をする。

ということなので、本来政治に携わる訳ではない。

ただ、吉宗等の一部の例外を除いて、将軍は政治は完全に任せていた変わりに
人事ではどの将軍も独自性を発揮している。
そこぐらいは自分のカラーを出したい。

例えば、3代家光のとき
本来松平は徳川の親戚(親藩)側なので
老中とかの政治は携わっちゃだめで、譜代大名がやる
ところが、自分の世話を産まれたときからずっと見てくれていた松平信綱を起用。
例外を作っちゃった。

4代家綱は、自分のカラーを出すため、原則に戻した。
まだ11歳の時に将軍になったから、そのまま体制は踏襲せざるを得なかったけど
もうひとり足して、一番上に持っていったのが酒井忠清。

さあ、5代綱吉はどうやってカラーを出す?
そうです。
例外、原則と来たから、また例外。

さらに、5代綱吉には特殊事情があった。
綱吉が将軍になったこと自体例外。

子へ子へとの歴史が途絶えたんです。
4代家綱にとうとう最後まで子供が出来なかった。
家綱の弟、四男だったので外(館林藩)に出されていたのが綱吉。
次男三男が死んでしまっていたので仕方なく、綱吉に回ってきた。

アウェーの江戸でやってかないといけない。
館林の時からの気心の知れた者を連れていき
側用人にした。

老中じゃないんだから良いよね。

とりあえずは、何とか理由をつけて、超実力者、酒井忠清を追い出す。
そして、本来政治に関係無いはずの側用人に、なし崩し的に政治をやらせていく。

老中としては頭に来る存在。
自分の意見が通らなければ
ほんとにあいつはちゃんと伝えてくれているのかなあ。

かといって、喧嘩したら
何も伝えてくれなくなる可能性だってある

老中って、結構やることは専門分野ごとに分かれちゃっているから
総合的に情報を得ているのは、将軍以外には側用人しかいない。

良いのは、仕事が出来るって分かって起用できること。
館林藩主時代の時から、見ていて選りすぐりの人材を持ってきた。
館林藩主時代に家老を務めていた牧野成貞。
そして、柳沢吉保。

ちょっとずるいよね、って気もするけど
側用人って、身分や家柄に恵まれない人を起用できる。
完全なる実力主義。
綱吉って、考え方がしっかりしているから
その事を理解してやったんだと思う。
柳沢吉保が側用人に登用されたのは31歳
複数いる側用人の中で、完璧に実力を発揮したのが柳沢吉保だった。

側用人に就任すると同時に、1万石の大名に取り立てられ、
最後には15万石の大大名になっている。

どれだけすごい実力を持ち、将軍に信頼されていたかは、名前で分かる。
吉保は、当初「保明」だった。
綱吉治世晚期の1701年になって綱吉の偏諱(へんき)を受けて、「吉保」となった。
「吉」使って良いよ。
ありがたきしあわせ。

将軍の偏諱を受けるってことは、御三家や有力外様大名家などかなりの家柄でないと無理。
異例中の異例です。

イメージ
あれ? そんなにすごいの?
イメージと違うなあ と思われる方もおられるかも。

柳沢吉保って、どちらかというと、悪いイメージを持たれることの方が多い。

ひとつには、元々嫌われ役の役回りだということ。

越後騒動というお家騒動があるんだけど間に入った吉保
結局、どういう解決をしようが、もめ事である以上、どっちかが損をする
あいつのせいで、になる
さらに柳沢騒動というのもあって、嫌われ度が増していく。

ふたつには、綱吉の悪いイメージのとばっちり

ことあるごとに言っているんだけど、もう一回言わせてください。
生類憐れみの令は、基本理念はこれ以上ないってぐらい素晴らしい。
運用する側とされる側が間違っただけ。

武士の世の中ですよ。
人を何人殺したかで誉められる身分。

なのに、
人は殺しちゃいけません
という令を出す。

自己否定も甚だしい。
国会議員が議員定数削減法案を出すようなもの。

その前に、保科正之が天守閣を再建しないと平和宣言したのを受けての最後のとどめ
そのおかげで、260年という歴史上類を見ない平和な長期政権が続いた。
切り捨て御免も禁止されるから、
それ以降、刀って抜いちゃいけませんから

誰も銃を持っていない、世界にも類を見ない平和な日本は
綱吉のお陰だと思っています。

人を殺しちゃいけません。
動物もね。

罰則があるわけでもなかった。

最後の一文に食いつく人がいた
ええっ?そっち?

やってられるかい、って動物を殺してさらした。
そうなると、取り締まる側も、罰則をもうけざるを得ない

そうすると、あちこちでなんじゃそりゃあと挑発行動
罰則もより広範囲に強化。
繰り返されて、あんなふうになっちゃう。

天下の悪法か
ああ悔しい
基本理念を見て欲しい。
まあ、途中で、綱吉がストップされられたはずで
エスカレートするのをほおっておいた綱吉は悪いでしょ、と言われれば
おっしゃるとおり、なんですけどね。

忠臣蔵
決定的に柳沢吉保を悪役イメージにしたのが忠臣蔵。
お芝居になると勧善懲悪の方が分かりやすいですからね。
もちろんひとつの「悪」は吉良ですけど
基本、忠臣蔵は政府批判だから人気が出た。

喧嘩両成敗なはずなのに、一方だけ切腹はおかしいでしょうって

綱吉にしてみれば、正直、見せしめ的要素が強い。

だからあ
刀抜いちゃダメって言ったよね。

色々ぼやかして、取り締まりを受けないようにお芝居はできている。
まあ、だれのことを言っているかは分かるよね。
直接将軍を悪く書くのはいくらなんでも。
変わりになって悪役が政府の闇将軍。
ああ、柳沢吉保だなって。

あそこまで人気出ちゃうとね
それ以降、あの時代の時代劇は、決まって悪役が柳沢吉保。

六義園
ウォーキング好きの私としては
柳沢吉保大好きってのが、六義園の存在。

ただ、仕事が出来て、悪役も買って出て
だけじゃなく
風流をめでる心の持ち主。

見事な庭園です。


綱吉が亡くなって、家宣にバトンタッチ。

柳沢吉保とすると
「将軍は人事で自分のカラーを出す」大原則をようく分かっている。
自分はそのお陰で家柄もないのに重用されたわけですから。

嫌われているのも知っている。
生類憐れみの令もある

まずいっ
先手を打とう。

早々と全てを捨てて引退しちゃいます。

セーフ

多少の不利益を被っただけで、最悪の事態にはいたらない。

その後、六義園でゆったり、のんびり
お疲れさまでした。

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