花火について考える

この前、添乗で芦ノ湖の花火大会に行って
今度、群馬の花火大会に添乗

ということで、花火について本を一冊読んで調べてみました

種類
花火大会での花火ということになれば
打ち上げ花火か仕掛け花火

打ち上げ花火では
割物(わりもの)半割物(はんわりもの)ポカ物に分かれます
種類というのではないんですが、打ち上げ方として、スターマインというのが組み合わさっていきます

割物
空いっぱいに丸く広がる、ザ花火
こんなふうに、星(火薬の玉)を配置する
色のついている丸い玉が星で、黒いのが爆発して広げるための火薬(割薬と呼ぶ)

割物の進化は芯ができたこと
真ん中辺と外側の色が違う
これが何層になっているかで、3重芯4重芯となっていく

半割物
こんなふうに火薬を配置

花が一気に回りでいっぱい広がる


ポカ物
割れるときポカっと音がするかららしいんだけど
丸ではなくもっと複雑な動きにする
例えばこんなふうに配置

必ずしも、この配置に対応したものではないけど
丸ではなく、不規則に広がるもの

リレー
日本の花火だけの特徴が、リレー
星は日本の場合、丸いけど、外国の場合は型に火薬を流し込んで
押し出してはいお終い(プレス星)

プレス星だと星の中は同じ火薬
日本の丸い星は、小さな丸い星ができたあと、違う色で発色する火薬を周りにまぶしていく
そうすると、途中で色が変わる花火ができる
これをリレーと呼んでいる
下の写真で、青から赤に変わっているのがおわかりいただけるだろうか

星の中はこういう構造になっている
星は周りから燃えていくから、これだと、青から赤になる

打ち上げ方
ただ、今の花火大会は、どんどん豪華になってきて
一つ一つが、割物で見事だったよね
とかじゃなくて
基本的に連続して打ち上げられる
複数の花火が次から次から打ち上げられて、空にいっぱいの花火が共演しているのがスターマインと呼ばれる

昔は、職人同士が息を合わせて、タイミングを図りつつだったけど
打ち上げ自体が自動化され、さらにそのタイミングをコンピュータでプログラミングできるようになった

そのことで、全体として、光のショーになる
音楽を流して、それに合わせて、打ち上げていく、というショー

さらに、進化して、ドローンのショーが組み合わせられるようになった
レーザーとか噴水とか、イルミネーションとか、プロジェクションマッピングとか、色んなものを組み合わせて
どんどん光の総合的ショーになっていくだろう

[技術]シリーズはこちら(少し下げてね)

[首相]52 村山富市。史上最高の眉毛

このあたりになってくると、つい最近ってイメージです
まさか、まさかの首相でした
眉毛もすごかった

なんと、まだご存命で101歳!

村山富市

羽田孜内閣のとき、新生党、日本新党、民社党などが
社会党抜きで院内会派「改新」を結成すると発表。
社会党委員長村山富市は、事前の連絡がなかったと強く反発し連立政権を離脱した

自民党は、11ヶ月の野党生活のつらさから、総裁の河野洋平が
はみ出した社会党に声をかける
村山さんを首相として担ぎますので、組みませんか

自民党・社会党・新党さきがけによる連立政権(「自社さ」政権)が1994年(平成6)6月30日に誕生する。
社会党委員長が総理になったのは、
1948年(昭和23)に片山哲(かたやまてつ)内閣が退陣して以来、
16年ぶりのこと。

戦後政治のなかでも、これほど矛盾に満ちた内閣はない。
長く対立してきた保守と革新の2大政党の連立であり、
与党第1党が第2党の党首に総理の座を譲るなど、
常識では考えられない政権の誕生となった。
その背景には、反小沢一郎という感情的な要素も絡んでいた。

社会党総理の登場で日米安全保障条約防衛政策に対する懸念が生じたが、
村山総理は7月20日の衆議院本会議において、
「自衛隊は憲法の認めるものであると認識する」
「日米安保体制は必要だ」と表明して、従来の社会党の政策を転換。
「日の丸は国旗、君が代は国歌である」
「原子力発電は過渡的エネルギーとして認める」と、
現実路線を歩み出した。

相次ぐ災害事件
1995年(平成7)1月17日に阪神・淡路大震災、
3月20日にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。

いずれの事態でも、総理と内閣官房長官を社会党が務めた総理官邸の対応が遅れ、
危機管理能力の低さが国民からきびしい評価を受けた。
同年7月の参議院選挙で村山総理の社会党は大敗したものの、
自民党が46議席を得るなど、「自社さ」3党ではかろうじて過半数を維持。
投票率は44.5%と過去最低となり、
比例代表区選挙では野党の新進党が第1党となった。

8月15日、戦後50周年にあたって村山総理は「村山談話」を発表する。
先の戦争について「国策を誤り、植民地支配と侵略によって、
とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」との歴史認識を示し、
「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ち」(以上、原文からの要約)を表明した。

また、元従軍慰安婦に一時給付金を支出する「女性のためのアジア平和国民基金」の創設や、
被爆者援護法の制定などでは社会党政権らしさを発揮した。

しかし、バブル崩壊にともなう住宅金融専門会社(住専)の不良債権問題や
沖縄基地問題では、なす術がなく、1996年(平成8)1月5日、
村山総理は退陣を表明する。

[首相]シリーズはこちら(少し下げてね)

[織田信長]8 姉川の戦い

[織田信長]1 まむし殿の娘、濃姫
[織田信長]2 二人だけの時間では
[織田信長]3 美濃はそなたに差し上げる
[織田信長]4 血戦桶狭間
[織田信長]5 天下をお取りになるまでは
[織田信長]6 上洛の大義名分
[織田信長]7 義昭を将軍に
の続きです

朝倉攻め
美濃に以前から朝倉家の飛地がある。
朝倉としては、他国に飛地を持っていることは不便なので、
これを比叡山延暦寺に寄進した。
その代り、延暦寺と朝倉家とは、何か事が起こった場合には、互いに助け合うという約束を結んだ

信長は、そんな約束は認めない
美濃はすべて自分のものと考えているから、土地を没収してしまった

怒る延暦寺は、朝倉家に信長退治の密談を申し込んだ

間者を通じて、信長に筒抜け
信長は朝倉討伐を決意した

柴田勝家は
「先年、浅井家と御縁組の際、朝倉とは事を構えぬと誓約されました筈、
その朝倉と合戦に及ぶとあれば、一応、浅井氏へ御談合あって然るべしと存じますが」

「浅井に知らせたならば、浅井としては、織田、朝倉両家に義理を立てる方法に当惑するだろう
後で、やむを得なかったことを知らせるのが良かろう」

援軍に徳川を得て、朝倉に進軍
朝倉懸命の防戦も、一つ一つと主要な城が落とされていく

三日目、いよいよ本城一乗谷に乱入しようとした
その時、報がもたらされた

浅井長政、朝倉に内応して背面より来襲

まさか
信長は耳を疑った

次々、知らせが届く
六角氏出陣
延暦寺出陣
浅井軍迫る

信長は完全に、包囲された
援軍到着前に、一乗谷城に突っ込もうとする信長だったが
幹部たちは全員反対
いつもなら、独断でことを進める信長も
さすがに状況が悪すぎた

分かった引き揚げるとしよう
誰か、追っ手を食い止める殿(しんがり)役をかって出るものはおらんか

静まり返る

竹中半兵衛が秀吉の袖を引いた

「私めに、仰せ付けくださいませ」

幹部たちはほっと胸をなでおろした
良かった猿めが死んでくれるか

各部隊から貸し出された兵を合わせて、700
1万の朝倉勢を食い止めねばならない

わしは死ぬつもりはない
半兵衛、いかにする

徳川が椿峠の方に引き揚げていきました
その後を追いかけるのがよろしいでしょう

旗や兜を落としながら行けば、敵はこちらを追いかけてくるでしょう
追いつかれる前に徳川に追いつけば、徳川も大軍
激しい戦いは挑まないでしょう
敵が狙うは信長殿
徳川には恩怨はない
その時点で、信長は違う道を行ったと気づき、引き返していくでしょう
それだけ時間を稼げば、しんがりとしての役目は充分

未明に城を脱出した秀吉軍、急げ

朝倉軍、退去に気づく
旗や兜を見て、椿峠方面と判断
追えっ、追ええっ

追いつかれた秀吉軍必死の攻防

椿峠についた徳川、後方での異変に気づく
援軍出動

あれは、徳川か
謀られた。
信長じゃ、信長を追えっ

筋書き通り

姉川の戦い
信長にとっては屈辱だった
退去後、大急ぎで兵を立て直し、本格的に準備を始める

約2ヶ月後の6月28日早朝、
姉川を挾んで、北に浅井、朝倉勢1万8千、
南に織田、徳川勢2万8千、相対峙して決戦の火蓋が切られた

姉川の水深、約1メートル。
両軍、姉川を越しつ越されつ、水飛沫と血飛沫とをあげて、
はげしく闘った。

朝倉、浅井勢次第に敗れて、小谷へ向って走り、
織田、徳川勢はこれを急追して、小谷城に迫った
信長は、小谷城の堅牢が大量出血を余儀なくさせるであろうことを慮って、全軍に引揚命令を下した。
この日の戦い、午前5時に始まり、午後1時に至る。
浅井、朝倉方の死者1700余人、織田、徳川方の死者800余人

[]シリーズはこちら(少し下げてね)

高山祭屋台会館に行ってきました

東山遊歩道散策
さるぼぼ作り体験をしてきました
の続きです

まだ時間はあります

高山屋台会館
高山と言えば高山祭
毎年春(4月14日・15日)に行われる「山王祭(さんのうさい)」と
秋(10月9日・10日)に行われる「八幡祭(はちまんさい)」の総称

秋の八幡祭は桜山八幡宮でのお祭り
豪華な11台の祭屋台が曳き回されます
春は日枝神社で行われ、12台です

他の地域のお祭りでは山車(だし)と呼ばれますが
ここでは屋台(やたい)と呼ばれます

以前は、祭の度に壊してまた組み立てて、と繰り返していたんですが
今はそれぞれの町内に、こんなふうに蔵が作られ
屋台がしまわれています

せっかくの絢爛豪華な屋台、祭の期間だけじゃなく、いつでも見れるようにと
桜山八幡宮の敷地内に、高山屋台会館が作られ
順繰りに3つずつ交替で展示されているのです

こりゃ、行かないわけにはまいりません
出たあ




飛騨高山の屋台に特徴的なのが、からくり人形が乗っかっていること
からくり奉納の時間に動かしてくれます

こちらのサイトでは、動く人形も動画で見れますのでぜひご覧ください
https://www.hidatakayama.or.jp/hidatakayama/maturi_spring/

そして、夜祭り

桜山日光館
びっくりしたのが、高山屋台会館と同じチケットで、隣りにある桜山日光館にも入れること

日光東照宮が見れる?
なんで飛騨高山なのに日光東照宮なんやろ
という疑問を持ちつつも、入ってみるとびっくり仰天
10分の1の大きさの日光東照宮がほんとに全部再現されているんです

見事。すごすぎる
まさか、そんなことに期待をしてなかっただけに
お得感満載





眠り猫だけは実物大です

ちゅうことは、徳川家康の墓もあるんやろか
ああっ、あったあ

ちょっと前に行った日光東照宮が完全に、頭の中で再現しました

ずっといたかったけど、添乗もあるし
そろそろ戻らないと

吉島家住宅
そのまま、帰ろうとも思ったのですが
もうちょっとだけ大丈夫かな
帰り道の中で、一つくらいなら

前々回に行ったけど、朝早くて空いてなく、外だけ見た吉島家住宅

国の重要文化財ということだけど、古民家ですよね
と思いつつ入っていきなりびっくりした

なにこれ、なにこれーー

なぜ天井がないんですか?

美しさを追求したんです

うーん、確かに美しい
ここは、住宅なんですか?

造り酒屋で店舗で工場で住宅です
こちらが丁場

美しさかぁ

有名な建築家が作った建物なら分かるんだけど
重要文化財と美しさがどうにも私の中で結びつかない

随所に驚かされる場所があった
ほおお、へええ、の連続

思っていたよりはるかに素晴らしかったです
本当にありがとうございました

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