豊島区を歩きました

北区を歩きました
北区を歩きました、の続き
中里遺跡で縄文人のイメージが覆る
の続きです

ここからは、豊島区になります
過去に歩いた地域ではありますが、
見逃したところや、その後に本とかを読んでいて
行ってみたいマークを新たにつけたところを回ります
貸し自転車があればちょっと広域になっても大丈夫

染井植木の里
駒込駅の横の公園にもあるのですが
染井植木の里の碑

染井と呼ばれるこのあたり一体は江戸時代に植木屋さんがいっぱいあった
ここで開発された新しい桜の品種が、ソメイヨシノ(染井吉野)

ウォーキングが趣味になる前
用事でこのあたりに来ることがあって
公園に染井吉野発祥の地、みたいなのがあって
へええ、と思った
色々、染井の事が分かってきて
そういうとあの時の公園ってどこだったんだろうとずっと思っていた

来てみると、染井植木の里の碑だけではなく
公園に門があった
旧丹羽家腕木門
やったあ
全く想定していなかったのでお得感いっぱい
こういうことがあるから、ウォーキングはやめられないのよね

さらに、その丹羽家の蔵まであるじゃないですか
素晴らしいっ

西福寺
やはり染井地区にある西福寺
今日二度目の西福寺です
さっき、はりまや橋のヒロインお馬さんの碑があったのも西福寺でした
伊藤伊兵衛政武(いとういへえまさたけ)の墓がある
伊藤伊兵衛は先祖代々の名前。お父さんも息子もその孫も名前を継いでいれば伊藤伊兵衛
代々伊藤伊兵衛は卓越した植木屋なんですが、そのうち、伊藤伊兵衛政武は最も有名
時代的には江戸時代の半ば、8代将軍吉宗の頃
ひょっとすると、この政武がソメイヨシノを作ったかも
ソメイヨシノを作った男は伊藤伊兵衛?

以前、染井霊園に行きました
染井霊園と本妙寺
いっぱい有名人の墓を見ましたが、その時取りこぼした二人の墓

勝林寺
染井霊園の端の方に区画が分かれて、勝林寺
その中に、あの田沼意次(たぬまおきつぐ)の墓があります
田沼意次については、よろしかったらこちらも読んでね
[徳川名参謀]10 家治→田沼意次

その横には息子の田沼意知(たぬまおきとも)の墓も。
暗殺事件で、佐野政言に切りつけられた人です
番町を巡る

染井霊園の中でも、もうひとり
幣原喜重郎の墓
[首相]31-2 幣原喜重郎。象徴天皇制と戦争放棄のセット

妙行寺
自転車ありますので、もう一箇所まで足を伸ばしましょう
ここには二人の重要人物の墓
一人はあのお岩さん
うらめしやー

お岩さんって江戸時代、ちまたで人気者だったので
その人気にあやかろうと、鶴屋南北が怪談噺の名前に借りちゃった
その話が大ヒットしたもので、
お岩さんはお化けの代名詞になっちゃったけど
ホントは全く関係ない
番町を巡って四谷へ


もうひとりは、瑤泉院(ようぜんいん)
浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の奥さんです
瑤泉院といえば南部坂の別れですね
赤坂氷川神社から、アークカラヤン広場へ

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中里遺跡で縄文人のイメージが覆る

北区を歩きました
北区を歩きました、の続き
の続きです

中里遺跡
ここ、前から行きたかったんです

地図を見ると近いように思えたけど
新幹線と在来線の線路を越えないといけない
随分戻らないと越える橋がない
ひえーっ
自転車借りといて良かった
歩きだったら諦めている距離

中里遺跡は、ひょっとして全国でもここだけなんじゃないかという
レア中のレアな貝塚の遺跡
日本で最初に発掘された大森貝塚の9年後に発見された。
通常、貝塚は、縄文人が暮らした集落の中にあり、縄文人が食べた貝の殻を捨てたごみ捨て場
ところが、この中里遺跡では、縄文人が使ったとされる土器がほとんど見つからなかった
縄文人が住んでいた訳じゃないのに、貝殻がいっぱい
不思議だあ

本格的な調査が行われて色んな事が分かってきた
1.ここは昔の海岸であったこと(内海)
2.わずかに出土された土器から、時代はやはり縄文時代であること
3.通常の貝塚とは桁違いの、超大量の貝殻があり、1kmにも及ぶ巨大貝塚、貝殻は大きなものがほとんど
4.貝を大量に加工したと思われる道具がいくつも見つかった
5.ほぼ完璧な丸木舟が見つかった

それまで、縄文時代の人の暮らしは、川沿いに住んで、集落を作り、ほぼ自給自足の生活だと思われていた
中里遺跡で、そのイメージが覆る

ここは、貝の加工を行う巨大な工場
職場であって、働く縄文人たちは、ここで暮らしている訳ではなく、周辺の集落に住み、通勤していた
大量生産された商品(加工された貝)は、丸木舟で石神井川を遡ったり、海に出て遠くまで運ばれ、商業が行われていた(流通ルートが確立されていた)
内海で、マガキとハマグリの大きなものだけが取られ、取れる季節が違うため、交互に層になっている。資源が枯渇しないよう、計画的に採取されたと思われる
貝殻があまりに多いため、海が埋め立てられていき、時代とともに海岸が変化していっている

ここからは私の推測だけど
もう、貨幣は存在していて、それは黒曜石だったんじゃないだろうか
丸木舟で運ばれた先でのやり取りは、黒曜石(お金)で行われ
集められたお金は、働いた従業員に、お給料として支払われたんじゃなかろうか
物々交換による商売だけだと、従業員としても、集められたものの中に欲しいものがなかったら、働く意味がない








ここからは、中里遺跡を紹介した資料からの抜粋


まだまだウォーキングは続きます
続きは次回

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北区を歩きました、の続き

北区を歩きました
の続きです

お札と切手の博物館
日本に洋紙を取り入れたのは渋沢栄一で、初代国立銀行頭取は渋沢栄一だから
日本のお札は渋沢栄一が作ったと言え、お札の肖像は渋沢栄一が最もふさわしいとかねてから思っていた
実際に何度も候補に上がったが、ひげがないという理由で採用されなかった
新一万円札に決まった時は嬉しかったなあ

同じ思いを持っていただろう、お札と切手の博物館
この場所に渋沢栄一の立ち上げた、「抄紙会社(しょうしがいしゃ)」ができ、
日本最初の本格的な洋紙工場が稼働
のちの王子製紙へ発展
その敷地の一角が、国立印刷局となり、お札や切手を印刷している
長年、渋沢栄一をお札の肖像にと運動し続けたに違いありません


自慢の偽造防止技術を色々紹介してくれている

3Dホログラムでは見る角度によって、渋沢栄一が前向いたり横向いたり

お札の歴史
日本橋の貨幣博物館は、硬貨も含んでいましたが、こちらは紙幣に限定

江戸時代の藩札

私が一番好きなのは、大黒天が肖像になったもの

切手も色々

■洋紙発祥の碑





ここでお昼ご飯
このあとどうしようかな
あまりに暑いので、このあともずっと歩くのは厳しい
よし、久しぶりにLuupで自転車を借りるとするか

円勝寺
自転車さえ借りればこっちのもんさっ


家康の腰掛けの松というのがあるということで行ったんだけど、いくら探しても見つからない
ガラスに三つ葉葵があったから徳川ゆかりのお寺であることは間違いないと思うんだけど

後でネットで調べると、昔はあったけど、今はないらしい

参道の銀杏
秋には、すごいことになるようだ

散策はまだまだ続きます
続きは次回
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北区を歩きました

(8/30[土]のことです)

添乗がいっぱい入った8月もおしまい
9月はまだ一つしか添乗のアサインが入っていないから、
ちょっと一休み

久しぶりに、街歩きしましょう
23区で一番行った場所の数が少ないのが、北区
よし、北区に行って底上げだ

王子神谷駅から
南北線の王子神谷駅からスタート
高層マンションがいっぱいある住宅地でした

■産業考古学探索路
産業遺跡の碑がありました
このあたりは、明治の頃、色んな工場があって、近代産業を支えた場所

■神谷堀公園
昔は、神谷堀という堀でした
それが埋め立てられて、公園になった
アスレチックとかもあり、水遊び場もある楽しい公園



と思っていたら、後で調べてもっと面白いことが判明
ただ埋め立てただけじゃない
この地下に電車がいた
南北線の地下車両基地だった

■清光寺
このあたりは、平安時代から鎌倉時代の初期まで、豊島氏が治めていた
豊島清光(きよみつ)が開基となった、清光寺


■紀州神社
北区の王子あたりというと、江戸時代、8代将軍吉宗が愛した場所
紀州から来た吉宗は、紀州のときの馴染みの人たちをいっぱい呼んで
ここを紀州の街にしちゃった
その中の一つがこの紀州神社

■豊島公園
ここは、昔、陸軍の豊島ドックがあったところ
さらに火薬製造所もあった
陸軍の施設があったということは、太平洋戦争のとき、標的になり
この辺り一帯は大空襲にあって、一面焼け野原になった

今は、水場もある、細長い市民の憩いの場所




■西福寺
豊島清光の豊島清光の娘足立姫が嫁ぎ先とのおりあいが悪く、
里帰りの帰途荒川に身を投じ、腰元6人も後を追った。
長男の戦死、 次男の落馬による死去に続く不幸の連続で、 清光はその菩提を弔うために、高野山に登り霊夢を受けた。そして、荒川対岸に流れついた光を放つ流木で6対の阿弥陀を彫ったという

カラフルな門
なかなかお目にかかれない

仏様もカラフル

♪土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た
よさこい よさこい

そのお坊さんの恋のお相手がお馬さん
お馬さんは、その後江戸に出てきて
このあたりに住んでいた
ということで、お馬さんの碑

■装束稲荷
王子といえば狐火
詳しくはこちらを見てね
王子にキツネが大集結

大晦日に全国の狐が大集結して、王子稲荷に行列していくんだけど
まずはこの装束稲荷で着替えてから行く

今も、この地域は、大晦日に子どもたちが狐の格好をして行列します

ウォーキングはまだまだ続きます
続きは明日ね
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