六義園は和歌のテーマパーク。その1

ゴールデンウィークです。
お出かけしなきゃ

とはいえ、今日はくうちゃんの健康診断の予約を入れています。
シャケちゃんの急死の原因が分かっていませんので
病気がくうちゃんに移っているかも知れませんからね。
(結果は良好でした)

3時には出かけないといけないので
いつものような、ウォーキングコースとしては無理
一ヵ所だけに絞ろう

とすると、
庭園シリーズの実践編として早いうちにやりたかった
六義園(りくぎえん)しかなかろう

その前に
六義園は駒込

ちゅうことは、江戸の理系力で調べたあの伊藤伊兵衛の染井村
染井吉野の発祥の地ですね
ソメイヨシノを作った男は伊藤伊兵衛?
染井吉野記念公園がある筈
確認しておきましょう

駅前すぐでした

およっ
これは

染井吉野発祥の地バージョンの郵便差出箱13号じゃありませんか
嬉しいねえ
こういう企画どんどんやって下さいね、日本郵便さん

六義園
六義園は誰が作ったかというと柳沢吉保
柳沢吉保ファンとしては、もうそれだけで震えちゃいますね
[徳川名参謀]5 綱吉→柳沢吉保

六義園ってりくぎえんとは、普通読めませんね
超文化人の柳沢吉保ならでは。
漢詩から来ております。

ここは、和歌のテーマパークになっています。
なぜ、漢詩が和歌なのかはのちほど。

柳沢吉保
庭園
和歌
ツツジ

でーこんとしては、よだれが出てしまいます。

さあ、都立9庭園ですので、11時と2時にボランティアガイドさんが案内してくれる筈。
都立9庭園は、ボランティアガイドさんの解説を絶対聞くべしというのは経験済みですので
11時に間に合うように、急げっ

ガイドさん
ちょうど間に合いました。
いつものように、常にガイドさんに一番近い位置を確保しつつ回りました。
今回も、ガイドさんからじゃないと絶対聞けない情報をいっぱい聞けましたよ。

最初にこういう「和歌のしをり」をもらえます。

和歌のテーマパークのガイド本ということですね
とてもラッキーです。

本当は八十八境といって、八十八箇所八十八首の歌がある筈ですが
何と言っても200年以上の時が流れているので
今、和歌と明らかに結び付くのは、十首余り
十分です。

和歌の浦
①和歌の浦
山部赤人 万葉
和哥の浦に潮満ち来れば潟(かた)をなみ葦辺をさして鶴(たづ)鳴き渡る
(若の浦に潮が満ちてくると干潟が無くなるので、
葦の生えている岸辺に向かって、鶴が鳴きながら飛んで行くことよ。)

山部赤人ですね
百人一首でちょうど取り上げたばかり
[百人一首]4 田子の浦に
ああ、嬉しい

③玉笹(たまざさ)
信実朝臣
いもせ山なかにおひたるたまざさの一夜のヘだてさもぞ露けき
(妹山と背山の間にある玉笹によって男女の仲が隔てられ、逢えぬつらさに涙が流れることよ)

和歌山の妹背山という山があるんですね
妹は女性のこと、背は男性のこと
真ん中に笹の形をした岩がありますね。それが玉笹
その向かって左側が妹山で右側が背山

これは池の中の中の島
神仙思想ですね
不老不死の庭園
池の中に、もうひとつ、ありましたよ。
蓬莱山

不老不死ですね
かっこいい石です。

この調子で紹介していくと長くなりすぎるので、歌の解説はごく代表的なものだけにしますね

⑤指南岡(しるべのをか)
紀淑氏朝臣 新千載
尋行く和歌のうら路のはま千鳥跡ある方に道しるべせよ

あちこちにこういう石柱がたっています。
ここの景色が八十八境ですよ、対応する和歌がありますよって印。

石組
石組お楽しみゾーンに入って参りました
こんなまっ平らな土地でよく滝を作りました。

やり水は玉川上水の支流の千川上水らしいです。

何と言っても見処は水分け石
上から来た水を三つに分ける

稲作の国なので、水を関係者に均等に分けるというのはとても重要なこと
公正な政治を行うという意味も込められています。

石組の中で一世を風靡した鯉魚石(りぎょせき)にも通じます。
この辺りの石組の話はまた改めてしますね。

そして、何とも目を引くのが、ワニのようなこの石

今は立ち入り禁止で上側から眺められなかったので、どれとどれかは分からなかったのですが
鶴石、亀石もあるそうです。

⑥下折峯(しをりのみね)
西行法師 新古今
吉野山去年(こぞ)のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花をたずねん
(吉野山、去年つけておいた道標(みちしるべ)の道とは変えて、まだ見ぬ方の桜の花を訪ねてみよう。)
もう季節が終わったので分かりづらかったのですが
山桜が植えられた、吉野山ゾーンに入りました。
そこに「しをりのみね」と書かれた石柱

さすがは西行法師です。
私はこの歌が一番気に入りました。

西行さん、月と花の西行さんだけあって
吉野桜は、シーズンに毎年訪れています。
どこに良い桜があるかは分かっているので
木の枝を折って、
ヘンゼルとグレーテルのように、良い桜の場所を他の人も分かるようにしておいてあげる

しをり、って元々そういう意味だったんですね。
知りませんでした。

自分が去年付けたしおりがあるから
そちらに行けば、良い桜があるのは分かっているんだけど
今年は、新しい見所を探すために
違ったところに行ってみよう、という歌。

営業で言うと、新規開拓ってやつですね。

長くなりました。
一旦区切って、残りは明日にいたしましょう。

おでかけマップ
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アリウム

花カレンダー始めました

秀吉の庭園は城の中

庭園シリーズ、室町を過ぎて
安土桃山時代、豊臣秀吉の時代です

山里曲輪
秀吉は何と大阪城の中に庭園を作っちゃいます。
戦国時代でドンパチやるためのお城
さすがは太閤さん
気持ちの余裕があります。

山里曲輪(やまざとくるわ)と呼ばれ、千利休が名付け親
千利休が作った山里の屋敷と呼ばれる茶室もあり、露地(ろじ)もあります。
この中にあるやぐらの中で、大阪夏の陣の時、秀頼と淀君が自刃しています

露地
千利休が作った庭園は露地でしたね
メインの茶室に行くための道で、気持ちを浄化させる
通過儀礼というそうです。

茶室から眺める庭園というよりは、概念的には
屋根がないだけで茶室そのもの

その中には手水鉢が置かれ
神社で置かれていた手水舎でケガレを払う儀式も踏襲する

茶室での一期一会に備えて、気持ちを清める
それを、人は旅と呼ぶ

かっこいいですね

廻遊式庭園
そしてこの露地が、また池(池泉)と合体していきます。
池を巡りながら旅をしていく。

とすると、その道(露地)には、日本各地の名所を思わせる風景が盛り込まれていく。
贅沢ですなあ

例えば、その代表的庭園、桂離宮では
有馬名物の鼓の滝や天橋立、大井川などの名所の縮図、
また片道に山の迫った磯辺の浜道の風景を再現した洲浜や岩場、
螢谷、峠の茶屋を再現した賞花亭や仏寺を思わせる園林堂
瓜畑を民家から眺めるしくみを持つ笑意軒など

当時大流行した六地蔵巡りや三十三ヶ所観音巡りの一部まで取り入れられています。



この桂離宮
次回お話しする江戸の大名庭園の教科書的な存在となります。

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ボンサマーガレット

花カレンダー始めました

書院造り系庭園

庭園シリーズ、鎌倉時代から室町時代に入っていきましょう。

書院造り
武家の世の中になっても、最初の頃はお公家さんへの憧れから、寝殿造りでした
室町時代になりますと、足利将軍の多くが譲位してお坊さんになったため
仏教、特に禅寺の住居形式の影響を強く受けるようになります。

畳、違い棚、押し板(後の床の間)、付け書院

この書院造りと一体になった庭園が、書院造り系庭園ということになります

書院造り系庭園
一番の特徴は、石組です。
前回、枯山水のところでお話ししました、夢窓疎石(むそうそせき)
石組を芸術の域に高めておりますので
枯山水のみならず、池のある池泉式庭園にも石組が現れ
書院造り系庭園となる

夢窓疎石は枯山水と書院造り系庭園両方の創始者と言って良いかも知れません。

西芳寺
夢窓疎石の傑作庭園、西芳寺
世界文化遺産に登録されています。
一般に苔寺ですね

その影響は強大で
足利義満の造営した北山殿、すなわち金閣寺は、西芳寺を模倣して作られています。
さらに、その孫、義政が造営した東山殿、すなわち銀閣寺も西芳寺を模倣して作られています。
金銀揃い踏みですね

美しく見せるための演出
西芳寺に入ると、生け垣に両脇を遮断された参道が続き、気持ちが掻き立てられます

ああ、庭園を早く見たい

ぶわっ
うおおおっ

こういう演出は、金閣寺、銀閣寺にも受け継がれています。

あと、枯山水と池泉庭園の上下二段構成というのも特徴です
贅沢ですね。



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枯山水の庭園

庭園シリーズです。

枯山水です。
かっこいいですね。

行き着いた感があります。

枯山水
一言でいえば、水がない庭園です。
枯山水を全く知らない人はいないくらい有名ですね。

早くから、枯山水は存在しました。
元々日本の宗教観としては、山や木や石がやおよろずの神々だったので
石を組んで敬うというのは自然発生的に生じている。
それを庭園と位置付けるならば
池より先に石、とも言える
前期枯山水という言い方もされている。

ただ、それがそのまま、今我々が認識する枯山水に繋がっていったとは考えがたい。
池の魅力は圧倒的で、その池を中心とする「水」ありきの庭園の概念となっていく。

共存する形で部分的に、石や砂で、水や島を表す事もあったけど、あくまでも部分的。

ここに、全く水を取り入れない、大衆に全く背を向けた
革命がもたらされる。

行ったのは坊さん。

僧侶が専門技術者として活躍し、鎌倉時代には彼らは「石立僧」と呼ばれるようになる
禅宗です。

今までの庭園って、短歌の歌枕(歌に良く詠われる名所)が強く結び付いているので
池越しの松を見て、これはあの歌ですかな
と歌をすらすら

さすが、お分かりで、と
連想ゲームのようにそれに関連した歌を詠いながら楽しむ。

禅宗には、語弊があるかもしれないけど、禅問答という、遊びがあるので
禅を理解し合う者同士で庭を見ながら禅の共通認識の元での掛け合いが必要。

そこには、短歌の世界とは全くイメージが異なっていた方が都合が良かったのかも知れない。

ただ、禅宗と関わりがない我々にも強烈に魅力的に感じられる
石と砂の組み合わせを、芸術、さらに言い方を変えると、アート、の世界に高めてしまった

それまでの庭園は美しさ、という客観的な価値観だったけど
枯山水のアートの世界は、内面的に魂を揺さぶられる感覚
私としては、熱いものを感じてしまうんだけれど
わびさび、を表現となっているから、静なんでしょうね

具象ではなく、抽象の世界って、私は大好き。
私はこう感じるんだ、って言ってそれで良いですからね
自由です。

夢窓疎石
「石立僧」の夢窓疎石(むそうそせき)
かっこいい名前です。
名前の中に石を入れている辺り、さすがです。

「夢窓疎石の西芳寺庭園」のように
作庭家の名をもって庭園が語られるようになった最初の人
枯山水を芸術に高めた人と言っても良いでしょうけど
枯山水に限らず、その後の庭園に大きな影響を与えている人です

夢窓疎石については、また機会がありましたら、まとめてみたいと思います。

ボードゲーム
枯山水を色々調べていると面白いネットの記事が見つかりました。

ボードゲーム「枯山水」が超人気!

ボードゲームは次女が大好きで、部屋にはボードゲームの箱が何十個と積み重なっています。
流行りのデジタルのゲームではなく、また囲碁将棋チェスのような深い知識も要らず
ファミリーで楽しめるようなもの
人生ゲームやモノポリーなんかをイメージしてもらえると良いかも知れません。
ドイツが中心になって発展しています。

枯山水のボードゲームってどういうこと?
パッケージが最高です。

大丈夫?って感じのこのおじいちゃん
何と、夢窓疎石です。
夢窓疎石の顔を知っている現代人は皆無だと思いますが
敢えてパッケージに持ってくる
「本物感」が漂います。

勝敗は何で決まるかというと
こんな感じで作っていった、庭園の

わびさび度合いで決まります。
素晴らしいコンセプトです。

早速、次女に聞いてみました。

ボードゲームの枯山水って知ってる?

知ってるよ

ひょっとして持ってるの?

持ってはいないけど
やった事はあるよ
純国産のボードゲームとしては、かなり人気高いと思う。

さすがです。
ボードゲームに命をかけているだけの事はあります。

こうやったらこうって点数の数え方があるんで
それに騙されて、いっぱいカードも石も置いたら
点数は高くならなくて、
石をちょんちょんって置いて、わびさびーみたいな方が点数高くなるの

ネットに出ていたので言うと
さっきのは40点だけど以下のは46点

色々作戦があったり、人を出し抜いたりは出来るらしいんだけど
そういうことすると「徳」ポイントがたまらない
君はまだまだ「徳」が足らんねえ、みたいなそんな会話を楽しむゲームらしいです。

では、最後に、枯山水の庭園の写真いくつかで。


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