東白髭アパートは超巨大な防災要塞だった

セイコーミュージアムに行ってきました。
の続きです。

東白髭アパート
前回の下見で、東白髭アパートの話をしたら
コメントで、アパート全体が防災の要塞になっているという話を聞いた。

全く知らなかったので、ビックリ!

せっかくここまで来たからどういうことなのか見てみよう。

隅田川が大きくカーブしているから
昔から水害で被害を受け続けてきた場所

さらに、東京の大地震が起きたら
特にこの地域は大火災が予想されているらしい。

災害を食い止めるどでかい壁をドドーンと作ろうと
ただの壁じゃなく、大規模マンションにしちゃおうと。

すごいこと考える人がいたもんです。

あらゆる口をバシャッと閉めちゃう



地域住民は全員このマンションに逃げ込む事になっているらしい。
ベランダもシャッターがガーッて閉まる

隅田川神社への参道だってこの通り

一番すごかったのがここかなあ

ガチャンガチャンガチャーン

屋上に上がってみたい
最上階へ

残念ながら、屋上へは、非常時以外絶対に上がらないで下さいと書いてあった。
この黄色いのに、水が思いきり入っているらしい

そして、放水銃から回りに水をぶっかける

ちょっと分かりにくいね
ネットに出ている写真だとこんな感じ。

周りの公園にも至るところに防災の文字

植わっている木も火に強い木ばかり

興奮してあっちゃこっちゃ走り回ってしまいました。
すごいっごついっ

ここは、あのシンゴジラも現れませんでした。
おそらく製作側も配慮したんでしょうね
東白髭アパートだけは壊しちゃまずいでしょうって。

実際、ゴジラが踏んでも壊れない感があります。

ずいぶん遠くまで見て回って、気づきました。

あっ
岩瀬忠震の「岐雲園」に行くの忘れた。

まあ良いか。
どうせ、案内板だけだし。
(こらっ、岩瀬忠震ファンと違うんかいっ)

多聞寺
その後、多聞寺まで歩きました。

実は前回、一番後悔したことがありました。
多聞寺まで言ったら
東武の鉄道と高い堤防道路を越えると、もう荒川

荒川を見ずして帰れようか

うーん、地図見ても、実際に見渡してみても
堤防道路が延々と続くのみ。
向こうへいくトンネルとか登っていく階段とかがある気がしません。

自動車整備工場のおじさんに聞いてみました。

意外に大阪弁での回答

荒川か
ここまーっすぐ行ってな
最後L字に曲がるんやけど
曲がらんとそのまま上がっていって、向こう側に行く階段があるらしいで。
わしゃ、行ったことないんやけどな。

ありがとうございました。

荒川
言われた歩道橋を渡りました。

おおっ。荒川やっ

気分スキーッ
一気に金八先生気分です。



隅田川と荒川が繋がっている隅田水門です。


ああ、やっぱり足を伸ばして良かった
荒川も見たことだし
結局、堀切駅まで歩いた形なので
駅はすぐそこ
帰るか

ちょっと待て
この壮大な景色を見て、
このまま帰るってどうなのよ

金八先生は、それを聞いて何て言うだろう。

河川敷、歩いてみるか

ひとつ問題があります。
戻って次の駅に行く方法が分かっていない。

グーグル一所懸命見てみたけど、結局分からない

ええいっ
ぐちゃぐちゃ考えるより、一歩を踏み出せっ

でっかい川の河川敷って遠くまで、ずうーっと見渡せて
その間に何もない

そういうのって日常的に見れる景色ではないから
気持ちがスカッとするんでしょうね
空も丸々空です。

多摩川の時も気づきましたが、ひとつだけ欠点があります。

いつまでたっても景色がほとんど変わらない。
歩けども歩けども

そして今回
気づいた事があります。

暑いっ

サイクリングしている人はいっぱい居ますが
歩いている人は、見事に一人もおりません。

おそらくですが、
気づいたんでしょうね

大声で歌いながら歩を進められる、という大きなメリット
学生さん達が、この炎天下、野球をしています。
ご苦労様ですね

どっちも頑張れっ

あれっ階段あるぞ
登ってみよう
おおおっ
向こう側の下に降りていく階段が
そしてあそこに見えるはひょっとして鐘が淵駅

かなり長く歩き続ける事を覚悟して歩き始めましたが
思いの外短めで何とかなりました。
ちょうど良い感じかな

ああ、気持ち良かった。

今回、一度行ったルートが基本だったけど
改めて調べ直してから歩き直すと
こんなにも新たな発見があって楽しいもんなんだと知りました。

さあ、帰ろ

東京ウォーキングはまだまだ楽しめそうです。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ


ホオズキ

花カレンダー始めました

セイコーミュージアムに行ってきました。

以前、向島百花園の話をしました。

向島百花園は、全然違っていた。
向島百花園。その2。もうひとつの楽しみ方
向島のウォーキングの続き

あんまり良かったので、ウォーキングイベントにして
9/8に行うんですが
昼食の予約がうまく行っていません
そもそもコース内に、食べるところがほとんどない事に加えて
ネットで調べて電話したところはことごとく断られました。

行くしかありません。
昼食の場所探しにゴー。
地図
東武博物館
東向島の駅を降りると東武博物館というのがありました。

200円とはいえ、有料だったので今回は入り口から見えるところの写真だけでパス
鉄道好きのちっちゃな子達で溢れ返っておりました


外にも電車が置いてあったので只で見れます。
太っ腹です。

くすのき児童遊園
普通の、子供が遊ぶための小さな公園です。

良い古木だなあと横目で見つつ、すんなり通過しようとして
ちょちょちょっと待てよ
と引き返しました。

くすのきじゃない。
スダジイだ
奥にある木も、くすのきではない
頭を抱えてしまいました

深い深い、ひょっとして心暖まるような理由があるに違いない
ネットで調べてみました。

「ビワの木が数多く育つ児童公園」

とあったので、奥に有ったのはビワの木だと判明しましたが
そこまで。

墨田区の七不思議に加えることにいたしましょう。

向島百花園
向島百花園そのものに行っちゃうと、時間が無くなっちゃいます。
今日はパス

Googleさんを見る限りほとんどないのは分かっているので、それ以外の方法
墨田区が出している「まちあるきマップ」がいっぱいあり、全てをダウンロード
見つけました
向島百花園の横に豆腐料理「はせ川」
大好物ですが、ビックリするほど高い可能性もあります。
行ってみましょう。

おかしいなあ、この辺だと思うんだけど
住宅ばかり
高級住宅の前で黒い高級車をピカピカに磨きあげているおじさんを
横目で見ながら探し回ります。

あれ?
さっきの黒い高級車の家
表札に「はせ川」って書いてあったような。
ひょっとして、敢えて看板を出さない「隠れ家」的コンセプトだったりして・・
引き返します。

おじさんに
ひょっとして、豆腐料理のはせ川さんではいらっしゃいませんか

ああ、ごめんなさいね
家建て替える経緯で、やめちゃったのよ

そうだったんですか。

オーマイガー
万事がキュー
でございます。

仕方ない
コースを再度辿っていくことにいたしましょう。

墨田区の「まちあるきマップ」いっぱいのお陰で
新たな情報も収集出来ています。

確認しながら参りましょう。

白髭神社
前来たときには分からなかったんですが
岩瀬忠震(いわせただなり)の墓碑があるとのこと
さすがは墨田区
岩瀬忠震ファンの私としては
それ早く言ってよ、状態です。

あったー

説明もありましたよ

えっ、これだけ?
納得いきません。
彼を語る上で一番重要なことが抜けているのではありますまいか

日米修好通商条約は彼が締結したようなもの。

アメリカの初代公使ハリスも、
井上と岩瀬以外には交渉した覚えはない
と言い切っています。
特に岩瀬の事を絶賛。

このあと、「岐雲園」(きうんえん)という岩瀬忠震の住居の跡地も近くにあることが分かったので
そっちに書いてあることに期待しましょう。

セイコーミュージアム


これもコースの中に有ったのに気づかなかったもののひとつ

セイコーのコマーシャルで
服部金太郎の「成功」の軌跡を追っているわけです

私の心を鷲掴みにしたのは、大名時計のコーナー

江戸時代は、「不定時法」と言って
日が登った時が明け六つ、日が落ちた時が暮れ六つ
その間を六つに分けるという時間設定
詳しくはこっちを見てね
明治5年は急に短くなったのよ

時計をほとんど誰も持っていないという状況下では、
とても分かりやすいんだけど

季節によって時間の間隔が変わるから
時計を作ろうとするととても大変

振り子の長さを変えるとか、文字盤を変えるとか
知恵の結晶

あっ
田中久重の須弥山儀(しゅみせんぎ)だ

万年時計は、ちらっと写真で紹介してあるだけ
本物は上野の国立科学博物館はありますから

川崎の東芝未来科学館にはレプリカが展示されています。
万年時計の再現プロジェクトでは、精工舎も関わっているんだから
もうちょっと推しても良かったと思うけど。
甦れ、田中久重の万年時計

レストランカタヤマ
ステーキ屋さん
電話では予約を断られた。
夜行くと、すごく良いお肉を、ビックリするくらいの高いお値段で食べられるらしいんだけど
お昼はいくらくらいなんだろう。ここで食事することにしよう。

オムライスを食べたけど
1000円しなかった。
美味しかったよ。

他にやっぱりなかったので、イベント当日は、ここで待って食べることにしよう。
席はバラバラになるだろうけど諦めましょう。
はい、解決。

すみません。
書いてみたんだけど、長くなりすぎました。
続きは明日にします。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ


アザミ

花カレンダー始めました

娘たちとの焼き肉会

次女が、
今度のお給料日に、焼き肉でも食べようか

実は、今の職場は次女の会社と、たまたま最寄り駅が同じ

良いねえ
なかなか、娘から食事に行かないかと誘ってくれるような事はありません。

長女や、カミさんも誘ったようだけど
カミさんの方は都合がつかなかった。

長女も、ということなので、共通の最寄り駅ではなく
3人の通過駅の練馬で開催ということに。

その日
ずっと楽しみにしていて、ようやくその日
(8/24[金]の事です)

二人は女の子だから
ひょっとして3人で食事なんて
最後かも知れない訳です。

定時ぴったりに

失礼しまーす。

今、会社出たから、練馬に着いたらラインするね

予約は8時だけど・・

ほんまか

1時間早く着いちゃいました。
どないしょ

練馬
練馬って乗換え駅
昔、練馬区の光が丘に住んでいた時はちょくちょく来た事はある
さらに、本屋の店長やっていたときの本屋は練馬の駅前

馴染みのある街ではあるんだけど
ウォーキングが好きになってから、ウォーキングしたことはない

よし
一時間ウォーキングするかな

練馬文化センターの回りの、平成つつじ公園や
その横の練馬いちょう並木緑地




千川上水の筋違橋跡っていうのもありました。

だんだん分かってきた事があります。

暗い。

もう限界かな

焼き肉屋
10分早めに着いたけど、もう席は確保してあった。
いい人ですね。

もう始めているよ、とライン

ほどなく二人も着いて

カンパーイ!

今日は、私たちでお父さんの分も払うんだからね

えっ、なんで?
大丈夫だよ。払うよ。
日頃お世話になっているから?

お世話になったことは一度もないけど
形式的にはお父さんだからね

娘たちがおごってくれようとしています。
昔はちいちゃくて、ビービー泣いていた
あの娘たちがです。

焼き肉は美味しいね

家でもちょくちょく食べたいね

庭で牛飼えば良いかもね

そんなの飼ったら芝生があっという間になくなっちゃうよ

じゃあ、何飼おうか
やっぱニワトリ?
食用になるのが良いよね

ウサギは?
お母さんは東栄町で、食用にウサギ飼ってたし

話題は、そんなとりとめの無いこと

大人3人だと、次第に仕事の話にもなる
二人とも、社会に出て、最初に入った会社じゃなく会社を変わったので心配していた。
私が言うのも変ですね
私は10本の指では足らないくらい会社変わってますから。

長女は一番好きで得意な出版業界
学習参考書を作っているんだけど
「小論文」という科目をほぼ一人で任されているらしい。
文章書くのは得意中の得意なので、本人もとても楽しそう。

典型的なゆとり世代で、出世欲なんてかけらもない。
責任ある仕事を任されるようになると、どうなっちゃうのかな、って思っていたけど
人間それなりになっていくもんですね。

次女は私と同じIT業界
IT業界と一言で言っても、とても広いので
何かをアドバイス出来たりはしないけど
やっぱり嬉しいです。同じ業界っていうのは。

通信販売の会社のシステム部門なんだけど
今度、お母さんに自分の会社のカタログから服をプレゼントしてあげるらしいです。

子供とお酒を飲みながら、仕事の話をするようになったんですね
幼稚園の運動会の時の事とかが頭をよぎります。

全く手のかからない子供だったし
宅配寿司の会社をやっていた5年半は、正月もなく年中無休で
子供の世話って完全に0%。
幼稚園から小学校低学年の一番遊んで欲しい時期だったろうけど。

女の子の年子
性格は全く逆
子供の頃は喧嘩ばかりして
でも喧嘩のあと、不思議とくっついて寝ていたりした。

今、焼肉の煙越しに二人を見て、二人の会話を聞いて
姉妹だなあと思う。
姉妹としての歴史を歩んで来たんだなあ、って。
ずっと放っておいたから、
二人で、親の分からない色んな事を乗り越えて来たんでしょう。

私もあまりに色んな事があったけど
カミさんや、この二人と、家族としての歴史を積み重ねて来た。
これからは、娘たちも家族を持ってくれることでしょう。
拡大版の家族がスタートするんでしょう。

今まで食べた中で
間違いなく、一番美味しい、焼肉でした。

[家族]シリーズはこちら(少し下げてね)


フウセンカズラ

花カレンダー始めました

薬の事なら、小野蘭山に聞け

江戸の理系力シリーズ
本草学(ほんぞうがく)に入ります。

以前の遺伝学の成田屋留次郎、伊藤伊兵衛、水野忠暁らとかぶる感じはありますが
本草学は、植物を薬の観点からアプローチしたもの
薬学と言って良いかも知れません。

小野蘭山
おのらんざん 本草学 1729~1810

享保14(1729)年、京都に生まれる。

子供の頃から植物大好き
11歳の時、中国の植物書「秘伝花鏡」の全てを写しながら読破
16歳で本格的に弟子入り
25歳で私塾「衆芳軒」を開くまでになる

まだまだっ
とお勉強

寝るのは午後8時

あら、言う割には、早く寝るのね。
江戸時代は、ろくな灯りもないし仕方ないか、と思うでしょう

起きるのが、午前2時

もっと暗いです
蛍の光、窓の雪

そこから来る日も来る日も本を読む

幕府から
京都に本草学ですごいのがいるらしい

幕府から声がかかったのが、蘭山71歳の時

もう少し早く気づいてあげられなかったんだろうか

勉強できなくなると、嫌で嫌で仕方なかったんだけど
お上の命令には逆らえず、江戸へ

幕府の医学館で教授を勤めることになる。
蘭山の培った深い本草学が世の中に広まっていく

結果としてはめでたしめでたし

と思うでしょう

いいえ、ここからなんです。

この人の面白いのは、70歳にして
考え方を変えたところ

人間、本ばっかり読んでちゃダメ
外へ出よう。

おおおっ、あなたがそれを言いますか

本草学は、実際に役立つ薬草を全国から集めて回らなきゃ意味無いです。

良く言った!

ここから採取の旅が始まります。
芭蕉か、伊能忠敬かっていうくらい、徹底的に。
じいちゃん、歩く歩く

さらに、全国で弟子を取り、教えて回る

そして、75歳にして、長年の研究成果を「本草綱目啓蒙」という本にして発表
多くの弟子達に手伝ってもらいながら
なんと、全48巻を3年かけて完成。

学問的な成果もさることながら、蘭山はとても人柄が良かった。
80歳になった記念に祝賀会を開くと1000人もの弟子達が集まった。

さらに、「広参説」という本を執筆
でも、風邪をこじらせて、病床に伏す。
いくらなんでも、もう御苦労さんで良いと思いますが
病床の中で書き続け、とうとう完成。

間に合ったぁ
よし、この発表をもって

いや、気に入らないところが多々ある
もう少し正確性を高めねば

ええっ出さないんですか?

うーん、筆が、持てない

ほら。
良いじゃない、出そうよ

職孝、手伝ってくれる?

孫に作業してもらいながら、修正を続ける

そして、文化7(1810)年、1月27日、命が燃え尽きる
82歳でした。

索引はこちら
[江戸の理系力]シリーズはこちら(少し下げてね)


エゴノキ

花カレンダー始めました