[昭和歌謡]73 昭和枯れすすき

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

昭和枯れすすき
さくらと一郎
作詞 山田孝雄 作曲 むつひろし
1974年

♪貧しさに負けた いいえ世間に負けた
この街も追われた いっそきれいに死のうか
力の限り生きたから 未練などないわ
花さえも咲かぬ 二人は枯れすすき

昭和
昭和歌謡で昭和枯れすすき
昭和代表ソングですね

私あたりの世代では、昭和イメージはノスタルジックで
平成は新しい

枯れすすきではあっても
ぐんぐん広がる雑草の野原のような側面もあったなあ

今後は平成もノスタルジックに語られるようになるんでしょうね

ああ、新しい時代
どんな時代になるんだろう
とてもワクワクします

インターネットと携帯(スマホ)は
これってなんだっけ、って思えば
その場ですぐ答を見つけられるなんて
考えてもしなかったなあ

それぞれの時代にそれぞれ「楽しみ方」があるんだと思う

百人一首の平安鎌倉の時代にも
いっぱい思い入れのある江戸時代にも
汽笛一声文明開化の明治時代にも
我々の世代、昭和時代にも
とっても豊かで情報満載の平成時代にも

結局庶民たちはそれぞれにすぐ対応して「楽しさ」を謳歌する

♪貧しさに負けた
いいえ世間に負けた

なんてなこと言っているこの二人も
このあと自殺なんてせずに、
ふてぶてしく生きていったんじゃないかと思う。

あんた、明日子供の運動会ちゃんと出てや
分かっとるがな

♪力の限り生きたから 未練などないわ

ここだけは、無茶苦茶共感できます。

毎日楽しくって仕方ないので
いつ死んでも全然大丈夫です。

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フクシャ

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[赤穂浪士]4 寺坂吉右衛門。唯一切腹していない人

赤穂浪士シリーズ4人目

前回吉田忠左衛門でしたので
寺坂吉右衛門入れとかなきゃね

寺坂吉右衛門
裏門組 足軽 38歳(討ち入り当時)83歳まで生きる

四十七士で唯一切腹をしていない人、超真面目
赤穂藩の藩士ではなく
吉田忠左衛門に私的に雇われたお手伝いさんのような人

最終的には足軽になっており
赤穂藩藩士とも言えなくもない、というくらい。
いずれにしても足軽という一番低い身分。

吉田忠左衛門がとにかく好きで
何をするにもどこへ行くにもお供する。
お手伝いさんだとそりゃそうか

いつも一緒なので、大石内蔵助と会う機会も多くなり
その真面目な人柄で大石内蔵助からも信頼を寄せられるようになる

元々、吉田忠左衛門は赤穂ではなく、加東郡にある飛び地を治めていた訳で
寺坂吉右衛門としては、浅野内匠頭がどんな人なのかさっぱり分からない

当然、討ち入りに参加するいわれは全くない。

ただただ、吉田忠左衛門と御一緒したいというだけ。

私も討ち入りに参加させてもらえませんか

断る!

即答されます。

諦めきれず、何度も何度も

あんまりしつこいので、一応、大石内蔵助に言っては見るものの
大石内蔵助からも断られる。

足軽って思った以上に低い身分のようで
後に、赤穂は足軽まで討ち入りに参加させたのかと言われたくなかったらしい。

もちろん、直接浅野内匠頭と関係無いのに、吉田忠左衛門と一緒に行動しちゃうと
切腹を余儀なくされるのはしのびないですから。

まだ諦めない寺坂

分かったよ
じゃあ、条件付きね

現場に来るのは良いけど、同罪とならない範囲でしか手伝わない。
討ち入り終了後は、行動を共にしない。

私は命は惜しくありません。

分かってくれ
大切な役目を担って欲しいのじゃ
全員切腹になるとどうなる
せめて一人生き延びて、瑤泉院(ようぜんいん=浅野内匠頭の奥方)様に
討ち入りの様子を知らせて欲しい。
さらに、同士の家族の元を回り
様子を知らせてあげて欲しい。

私に出来るでしょうか

お前だから頼むのじゃ

分かりました。
精一杯つとめさせていただきます。

討ち入り
約束通り、斬り合いには参加しませんでしたが
見通しが良いように全ての部屋の襖や障子を外したり
戦いやすいよう、ろうそくに火を灯して回ったりと大活躍。

討ち入り後は、立派に役目を果たし
報告をしてまわる。

一通り、役目を終えた段階で
目付けの仙石伯耆守(せんごくほうきのかみ)のところに自首します

実は私も同罪です。

よくぞ自ら申し出た。
その気持ちに感じ入ったぞ。
無罪放免じゃ。

それじゃ、私の気持ちが。

それでは、そなたに
とても重要な役目を申し付けよう。

また、役目ですか

露と消えた彼らの分まで長生きするのじゃ
47人分。大変だぞ。

伯耆守さま・・

吉右衛門は役目のため、83歳まで生きます。

泉岳寺に並んだ赤穂浪士の墓
その一番端に、寺坂吉右衛門の墓もあります。

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カルーナ

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[名僧] 空海。自ら範を示す。

[名僧]空海。ありがちな青春時代のそのあとに。
[名僧]空海。憧れの唐で。
[名僧]空海。いきなりの対応には理由があった。
の続きです。

日本へ
さあ、日本へ帰ってきました。
華々しくデビュー

とは、ならないんですね

やっぱり例の「闕期(けっき)の罪」
20年唐にいなければならない資格で行っているのに
2年やそこらで帰ってきています。
要は、罪人です。

着いたのは太宰府なんですが、
京都に行くことは許されず、太宰府に留め置かれる。

それが分かっていて帰ってきているので、
まあそうかなと。

さらに二つの事がのしかかります。
ひとつは密教。
空海は密教の世界で一人しかいない恵果の正式な後継者になり
密教で世界で一人しかいない「世界の空海」
売りは圧倒的に密教な訳です

でも、一緒に遣唐使で行った最澄だって密教を学んできています。
最澄としては法華経メインで、その中に融合されるものと捉えていますので
空海に比べると、密教だけ見ると不十分ではあります。

でもかたや有名人の最高権威者、最澄
一方の空海は、日本では無名でしかも罪人。

請来目録(しょうらいもくろく)というものを書いていかに自分の密教が優れているかを主張
それを読むと、こりゃすごい、と分かるわけですが
いかんせんあまりにもすごすぎます。

世界で一人しかいない密教の大先生に
死ぬまでのたった6ヶ月で教わりきりました。
私こそが、今や密教の世界唯一の正式後継者です。
信じられます?
向こうでは日本人は外国人な訳で
普通に考えると眉唾です。

やっぱり最澄の密教で良いですと、そうなります。

もうひとつは、政治のゴタゴタです。
この間、桓武天皇から平城天皇、嵯峨天皇と天皇が2回変わるんですが
唐に行く前に、空海に理解を示してくれていた伊予親王が謀反を企てているという噂。
空海は直接伊予親王とやり取りしていないんですが
その一派ではないかと疑われる。
「闕期(けっき)の罪」よりこっちの要因の方が大きかったかも

結局3年もかかっちゃいました。
嵯峨天皇に変わったこと
そして動いてくれた人がいる
誰あろう、請来目録を読んだ最澄

3年の時間を無駄にする空海ではありません。
恵果から口頭で教わった、「両部不二(りょうぶふじ)」新しい密教の極意
これを文書として形作っていきます。

入京
いよいよ入京
すぐに最澄がやってきた。

空海先生、教えていただきたい事がございます。

そんな ごもったいない

空海にとって、最澄はやっぱり憧れの人。
その最澄が自分を先生扱いしてくれる。
感激しきりです。

僧の位からするとこの時はまだ雲泥の差ですが
最澄は大したもんです。

お互いに認め合い語り合います。

空海は、すぐに灌頂(かんじょう)(=修行の始まりの儀式)をしましょうと。

おおそれは有難い。

空海もいきなり恵果に灌頂をしてもらいましたので、最澄に対する最大の敬意。

ところで、伝法灌頂(でんぽうかんじょう)まではどれくらいかかるでしょうね

伝法灌頂とは、阿闍梨位(あじゃりい)即ち弟子を取って師となり得る位になれる儀式。

請来目録を読んでの発言か
請来目録には、空海が恵果からたった2ヶ月で伝法灌頂を受けた事が書いてあります。

手っ取り早く教わろうとしているのか。
一気に全てを伝授しようと思っていた気持ちが薄れた。

どちらから言うともなく
一旦、比叡山に帰って時間が集中して取れそうになってから出直すということで。

その後は、本を貸してください。
予習をみっちりして、その上で伺います。

そのまま、二人で協力し合いながら日本の仏教界を盛り上げてくれれば良かったんですが
密教を統合的な仏教の中の一ジャンルと考える最澄と
密教こそが全ての真理と考える空海では
差がありすぎました。

その後、新しい天皇、嵯峨天皇が、空海をとても気に入ります。
また、最澄が空海から一回とはいえ灌頂を受けたという事実は
みんなの空海を見る目をガラッと変えてしまいます。

空海へ空海へと時代は流れていく。

真言宗(しんごんしゅう)
波に乗って、新しい宗派の立ち上げをはかります。
真言宗の誕生です。

嵯峨天皇にお願いをします。

禅定を修行する道場を建立したいので
紀伊国の南山(和歌山県北部の高野の山地のこと)
を与えていただきたい

いいよ

高野山金剛峯寺(こうやさんこんごうぶじ)です。
恵果と約束した、密教を広めていくための大きな大きな一歩。

見ていて下さい。

書物
積極的に活動していきつつ、本も書いていく
密教の大きな特色のひとつは、即身成仏

成仏(じょうぶつ=悟りを拓くこと)へ至る時間がとても速い。
父母から生まれた現在の肉身のまま、ただちに成仏できる

その事を書き表したのが、即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)
「声字実相義(しょうじじっそうぎ)」「吽字義(うんじぎ)」「秘密曼荼羅教付法伝(ひみつまんだらきょうふほうでん)」
と次々と。

そんな最中、故郷の讃岐の満濃池(まんのういけ)の開発をしたりもしています。

最澄が亡くなり、平安仏教の担い手は空海一人に

そして、京都の東寺も空海に預けられることになります

次々と弟子も育っていき

いよいよ、最終目的
自分が即身成仏となって、密教の極意を世に示したのです。
62歳ではありますが、永遠の世界で生き続けています。

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コリンゴ(ヒメリンゴ)

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植物は位置を感じている

植物の感覚シリーズ
今回は、上と下です。

上と下
言われてみると、根って下に伸び、芽や枝は上に伸びる
どうやって、植物は上や下が分かるんでしょう。

良いですね。私はバリバリの適当な文系人間ですので
そんなこと考えてもいませんでした。
当たり前やん

真剣に必死で実験し、議論するんですね。
立派です。
嫌いじゃないです。その姿勢。

太陽のある方向でしょうか
いえ、それでは地面の中の根は上下が分からない筈。

例えば、豆をピンで壁にとめておきます。

根は下に、芽は上に伸びていきます。

ある程度伸びた段階で、くりっと上下逆に。

そこから、根の先も芽の先もぐいっと曲がり、上と下に伸び始めます。
偉いぞ!豆

実験
ここから、科学者達の真理探究の旅が始まります。

そもそも、この上と下というのは何なのか
重力という事なのだろうか。

こういうときは実験です。
ずっと回り続ける円盤を用意します。
そこに苗をくっつける。
常に上と下が入れ替わる訳です。

なんと、根は外に、芽は内に

上と下というのは、重力の事であり
さらにそれは人工的に作り出した重力(=遠心力)でも同じである事が証明されたのです。

場所
この問題は、19世紀初頭にまた盛り上がりを見せます。
お馴染みダーウィンです。

ダーウィンが疑問に思ったのは、果たして植物のどの部分で重力を感じるのか

豆の根の先をちょんぎって、湿った土の上に横たえた。
根は伸び続けたが、土の下のほうに曲がって伸びる能力は失われていた。
根の先っぽを0.5ミリ切断するだけで、植物は重力に対する全般的な感度をなくす!

切断した数日後に根の先が新しく生えてくると、その根はふたたび重力に反応し、
以前のように土の中へと下向きに伸びる

なるほど、根の先に重力を感じる場所があるということになる。

これは、屈光性の実験と似ている
芽の先が光を感知するんでしたね
とすると、屈光性は先っぽで感じるけど、その情報が茎に伝わり
光と反対側がより多く伸びて、ぐいっと曲がる。

この仮説を証明するための実験。

根を出した豆
横向きにセットする。
そして今度は90分経ってから先っぽを切断。
すると、さっきとは違い、下に曲がっていく。

どういうことか。

あっ、横向いている。
下に曲がんなきゃ。
という情報が、90分の間に、実際に曲がる場所に伝わっていたということ。
時間差攻撃です。

当然、芽でも同じことでしょう。

ところが!

なんと芽では、先を切り取られても成長し続けることが明らかになった
参った!

根と芽は違うメカニズム
同じ芽でも、光に向かうメカニズムと上に向かうメカニズムは違う。

ダーウィンはここまでで時間切れです。

この疑問の解明は、時代がさらに経って
分子レベルで仕組み自体の解明がなされるときまで待つ必要がありました。

仕組み
顕微鏡の発達が謎の解明を可能にしました。

精巧な顕微鏡により、根冠の細胞内の微小な構造が見えるようになった。
根冠の細胞内には水が詰まっているが、その中に極々小さな石のようなものがあることが分かった。
「平衡石」と呼ばれている。
細胞を横にしてみる
すると平衡石は重いから、流れて横の壁の方に移動する。

水の入っているペットボトルの中にビーズが入っていることを想像して欲しい。

じゃあ、芽は?
根の場合は、平衡石は先っぽにのみ集中しているが
芽の場合は複数色んなところに存在する。
だから、芽の先だけ切られても問題ない。

螺旋(らせん)運動
実は、ダーウィンは他にも重要な事を発見していた。

芽の先はどんな植物でも螺旋(らせん)運動を繰り返しつつふらふらしながら成長していく。

こりゃいったい何故なのか

ここで学説が分かれる。
ダーウィンは、植物が元々持っている性質だと考えた。

それに対して反論する人がいた
重力の問題じゃないか

芽は、重力と反対の方に伸びる。
芽は重いから、その性質がなければ垂れてくる。
頑張って上向きに変えようとする。
ところが勢い余って、反対側に曲がっちゃう。
いかんもう一回、とまた逆に。

かなり真剣にこの議論は長い間繰り返される。

この終わりの無さそうな議論に終止符を打つときがやって来た。

宇宙への旅立ち

宇宙で植物を育ててみよう。
宇宙には重力がないので
それでも螺旋運動が行われるのであれば、ダーウィンの勝ち。
行われなければ負け。

スペースシャトル内で行われた実験では、わずかながらではあるが螺旋運動が観察された。

ダーウィンやったね。

ところがここで物言いが着いた。
時間が短すぎる。
すでに地球上で育てられている植物を持っていって、数日間育てただけでは
もうその運動が刷り込まれているのかも知れない。

大変です。
そんな長く宇宙にいられません。
一から植物を育てるなんて。

この解決は「宇宙ステーション」の技術へ引き継がれました。
まだ明確な答えには至っていませんが
もうすぐ答えが出るでしょう。

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アセビ

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