即位礼パレードに行ってきました。

延期になっていた即位礼パレード

天皇シリーズもやってるわけだし
行ってみましょう。

本当に行きたいのは江戸城なので
出来るだけ皇居に近いポイントにしましょう。

午後3時スタートということなので
午前中に、今週一週間の食事の作り置きをするなどを済ませ
双眼鏡も持って準備万端
家を11時過ぎに出ます。

ニュースでは、朝から並んでいる人もいたとか
初めての経験なので、どうすりゃ良いのか分かりません

到着
二重橋前駅に着いたのが12:40
2時間以上前だけどどうかな

それほど並んでいなければ江戸城の観光してからにしたいけど

あれ?
人の流れが逆
どうしたんだろう

検問所に並んでいるところに行って

すみません、ここに並んでいると入れるんですか?

いえ、入っても見れない可能性の方が強いので
桜田門の方をお勧めしています。

げげっ、甘かったか

ところで、以前たまたま遭遇した一般参賀の時にも思ったんだけど
日の丸の小旗ってどこで売っているんだろう

と思ったら
日の丸の小旗をいっぱい持っている人がいた
近づいて行くと配っている

すみません。おいくらですか

いえ、無料です

えっ?ただなんですか

日本は良い国です

桜田門へ行く途中の検問所
ここは入れそうです。

かなり丁寧なボディチェック

しきりに言われていたのが
「車道側はもういっぱいなので、これ以降の方は歩道側になります。
見れない可能性の方が強いのでその点ご了承下さい」

検問所の中にもトイレがありました。
安心安心

立ち止まらずにずっと歩いてくださーい

ずいぶん歩いて
交差点のところまでつきました。

さっきの言葉の意味がようやく分かりました。
車道に柵を設けて、そこに人が入っている
細い通路があって、その後ろが「歩道側」

なるほど
この「車道側」を勝ち取った人はむちゃくちゃ前から並んでたということですね
おそらく朝から

「歩道側」では最前列を確保できました。
実質5列目くらいかな
「見れない可能性の方が強いので」なるほど

ただ、さっきのひとつ目の検問所から入った人たち
平らな場所に前から30列くらい
「見れない可能性の方が強いので」じゃなくて
「絶対見れないと思いますが」です。
そっちよりは随分まし。

「車道側」にいたおじさんが、警備の警察の人に

すみません、おトイレに行きたいんですけど

はい
検問所を入ってすぐのところです。
ただ、この場所に戻ってこれるかは分かりません。

えっ
そこを何とかお願いできませんか

私の権限ではなんとも

まだ、開始まで2時間
こりゃ、「車道側」さんも地獄です。

でも、途中で
出来るだけ元の場所に戻ってこれるように方針転換したようです。

拡声器で
「おトイレに行く方は、元の場所に戻れるよう、・・・」
そりゃそうですね
人間的対応です。良かった良かった。

さっきのおじさんも、ずいぶんあとでしたが、元の場所に戻って来れました。

2時間も、ただ立って待っていると
群衆の一体感と言うのでしょうか
主催者側とか警察の人とかも含め

テロとか起きずに無事終わって欲しいという気持ちが強くなってきます。
将棋倒しになって怪我人が出るとか
そういうのがなければ良いなって

こういうときに「日本人」が試されますね

拡声器から流れます

お祝い事です
気持ち良く、みんな仲良くお祝いしましょう。

もうすぐ
鼓笛隊の演奏が行われ、もうすぐ感が漂います。

撮影は動画にしようか写真にしようか
写真の方がきれいにとれるものの
シャッターチャンスを逃したら全くゼロとなる
動画にしよう
動画だったら、どこかに写っているかも知れない。

始まった
バイクとか車とかいっぱい来る
いかん
どの車なのか全然分からない

おそらく、天皇陛下の車のところでは
旗がバサバサ言う筈

バサバサっ
天皇陛下バンザーイ

えっ
えっ

終った

ちょっとちょっと
全く分からなかったんですけど。

こんなに分からんもんかなあ

周りの人たちは喜んでる
良かったねえ
見えたねえ
とってもちっちゃくだったけど見えたよねえ。

ええっ?
見えたのか
見えたかどうかの問題じゃなく
そもそも全く分からなかった

良かった。動画にしておいて
写真だったら、100%シャッターは切れていない。

動画を確認して
やっぱり良く分からんなあ

天皇陛下バンザーイの声があった辺りなんだろうなあ
何度も巻き戻して

あっ、こ、これだ

ただ、目的は達しました。
この前を通過するまでは事件も無かったし
実にみんな整然としていた

試された「日本人」は合格です。

日本人バンザーイ

動画を上げておきました
その周辺だけ切り取ってあります。

さあ、ここでクイズです。

【問題】
天皇陛下と皇后陛下はどこでしょう。

クイズになるくらいなんかいっ

おでかけマップ

松戸で、徳川慶喜気分

週末のお出掛け
松戸に参りましょう

♪わたし まーつーど
 いつまでも まーつーど

松戸
松戸と言えば、水戸街道の宿場町
そして、徳川慶喜(よしのぶ)と渋沢栄一ファンとしては、戸定邸(とじょうてい)があります
戸定邸は、渋沢栄一の人生を変えたパリ万博団のキャプテンで、徳川慶喜の弟の徳川昭武(あきたけ)の住まいです。

さあ参りましょう。

ガイド本によると、まずは松戸駅から数分の、松戸探検隊ひみつ堂(観光案内所)に行って
情報を仕入れるべし

旧水戸街道沿いなので水戸街道や松戸宿の話を聞けそうです。
松戸大好きおじさんがいると良いなあ

旧水戸街道

うーん。地図で言うとここなんだけど
何か奥で会議しているだけ

すみませーん
ひみつ堂はここでしょうか

お隣ですよ

ここ

要するに、今日は閉まっていたようです。
残念!

おっとこれは素敵

こっちは、矢切の渡バージョン

納屋川岸跡(なやかしあと)
松戸は江戸川沿いなので、舟運が盛んです。
川岸(船着き場)跡がここ

江戸川の堤防を歩きます。
大きな川は相変わらず気持ちが良い


下まで降りれるところがあったので降りてみました。
そういうと、この前の台風ではどの辺まで水が来たのかなあ
下がぬかるんでいたので少なくともここには浸かったろう

あそこ茶色くなっているから、ひょっとしてあそこ?

犬を連れたお兄さんが階段を降りてきた

すみません。この前の台風ではどの辺まで水が来たんですか?

ええっとここまで


ちょうどここまで階段に泥が付いていてました。

当日私も見に来たんですけど
60から70の間でしたね

あの黄色いところですね

良かったですね。もうちょっとありますね

東京側より千葉側の方が低いので
溢れたら、こっちが大変なことになったと思います

本陣跡
松戸宿の本陣がここにありました

坂川沿いを松戸神社に向かっていくと

な、何これ
「あなたも徳川慶喜気分」

明治維新になってから趣味に走った15代将軍徳川慶喜
中でもプロ級の腕前になったのが写真
慶喜の写真についてはこちらもみてね
仲の良い弟、昭武が松戸にいるので、何度も松戸に来ています
昭武も影響で写真が大好きになったようです。

帽子の男性が慶喜です。
ちょうどこの場所から写真を撮った

撮った写真がこれ

レンズが横に二つあるカメラで写し
特別な覗き窓から見ると立体的に見えるんだと。

カメラが伝わって間もないと言うのに、3Dとは
こりゃあ、慶喜らしいです

私も慶喜になったつもりで、同じ景色をパシャリ

ああ嬉しい。
何だか嬉しさが思いきり込み上げてきた。

ああ

ああ

叫びながら歩いちゃいました。

松戸神社

屋根が、ちゃんと銅のこけら葺きだった。綺麗な緑

彫り物も良かったなあ
手水場の木鼻の彫り物は四隅が違っていたんだけど
一つは亀だった

残りは、龍と鳥と虎
色々神社やお寺の彫り物は見てきたけど
亀は初めて。

縁起を見ると、日本尊(ヤマトタケル)に由来するらしい。
出たっヤマトタケル

オトタチバナぁ

このあと、いよいよ戸定邸(とじょうてい)ですが
思いきり長くなりますので一旦切ります。
続きは明日ね
(ひょっとするともうひとつ割り込みを入れるかも)

おでかけマップ

[名僧] 顕如。織田信長を徹底的に苦しめる

名僧シリーズ
蓮如(れんにょ)の話はしましたね
一向一揆というグループ
巨大勢力になって、一つの国を持つまでに、ということでした。

本を読んでいると、この一向一揆という巨大勢力
まだまだ後半戦がある
その後半戦の中心にいたのは、顕如(けんにょ)です

顕如
浄土真宗本願寺派(一向宗) 1543~1592年

8代蓮如の息子が9代実如(じつにょ)
その孫が10代証如(しょうにょ)
その子が11代顕如(けんにょ)になります。
にょろにょろです。
蓮如実如証如顕如、と3回言えたら100万円ですね

証如にしても、顕如にしても、先代が急死したことにより
幼くして本願寺の跡を継ぎます。

証如は10歳、顕如は12歳
2代続けて、若くして、であれば勢力も弱まりそうなもんですが
どっこい、どんどん拡大していきます。

戦国時代に突入していき
その中で巨大な勢力というのは、武装化が進み
大名との関係が強くなっていきます。

基本的にその力をあてにしたのは、室町幕府側の重臣たち
まずは、細川家
細川春元の時には、証如に依頼があり、兵を率いています。

そして、最盛期で顕如となります

一番この力を恐れたのが、室町幕府を倒そうとしている新勢力
織田信長です。

まずは、ジャブを打ちます。
5千貫の金を寄越せ

はあ?
そりゃまたなんで

ずいぶん考えましたが、ここは一旦折れて時間稼ぎ
また何か言ってくるに違いありませんから
いつでも戦えるだけの戦力を蓄えておこう作戦

石山合戦
2年後
よしっ、いよいよか
こっちから仕掛けよう

信長が三好一族と戦い、摂津の野田・福島に兵を向けたのだが
そこへいきなりどどっと

ビックリした信長は大慌てで退散

このあと長く続く「石山合戦」の始まりです。
実に11年にも渡って戦闘を繰り返します。

ただずっと戦っていた訳ではなく
戦いを仕掛けて、威圧し、交渉を有利にして和睦
みたいなのを、こっちから、そっちから

そうこうしているうちに
信長を面白く思わないもの達が本願寺に味方するようになります。
信長包囲網です。

将軍義昭であり、甲斐の武田信玄です。

もちろん本願寺側には、各地に一揆と呼ばれる一向宗の強力な部隊がいます。

さあ、天下分け目の戦いが始まるのか

ところが一番強力な、武田信玄が急死してしまいます。

結局はお互いに決め手を欠き、ずるずると

ところが事態は急展開します。

信長が、将軍義昭を京都から追い落とし
浅井朝倉の両氏を攻め滅ぼす

包囲網を一気に切り崩すのです

勢いに乗った信長
伊勢長島の一向一揆を攻め立てた
追い詰められて降伏したが
信長は許さなかった
男女含めて二万人を皆殺しにします。
「伊勢長島の皆殺し」と言われています。

さらに越前。
加賀に続いて「百姓の持ちたる国」が実現したところです。
信長の総攻撃を受けて壊滅

強力な拠点二つを失ったことは顕如としても痛かった。
一旦和睦

ただ、これは仮のもの

信長はいよいよ本丸、石山総攻撃をかける
一気にかたがつくと思われた。

ところが顕如は強かった
籠城し、それから5年もの間戦い続けた。

でも次第に、味方の毛利がやられる等して、いよいよ衰弱していく

ついに顕如は、最終的な和睦を決意
本願寺及び、それに所属する寺を保証することを条件に
石山から完全撤退した。

とはいえ
本能寺の変のあと
今度は、豊臣秀吉がその勢力を利用しようとし
一向宗という名前は失われたものの
浄土真宗本願寺派は、仏教界で大きな影響力を持ち続けるのです。

[名僧]シリーズはこちら(少し下げてね)

[大岡越前] 通貨政策。両替商とのバトル。

[大岡越前] 産業振興などの本格対応
の続きになります。

江戸時代って、日本の中に二つの国があるが如し。
江戸と大阪
通貨が違うんです。

江戸は金が通貨で、大阪は銀が通貨
その二つが貿易している感じで、為替レートが存在し
日々相場で変わる。

両替屋が相場によって、手数料を取りつつ、金と銀を交換する。
びっくりぽんの世界です。
ずっと不思議だったんですよ
今の両替って1000円札を100円玉10個に換えるだけですよね
両替屋ってどこで儲かっているんだろう、って

ずっと、商品は大阪にだけ溢れていたから
手に入れるため、銀が欲しい、銀が欲しい。
構造的に、金安状態が続いていました。

以前は金1両で銀60匁(もんめ)
でも金1両で銀40匁にまでなっちゃっていた。

大岡越前は、金と銀の交換レートに介入しようとします

両替商に対して、金1両を銀60匁にしなさい。

両替商は猛反発
抗議の意味を込めて、一斉休業
両替商は大阪に本店がある店が多いので、大阪の銀が強いままの方が良いという事情もある

全部の銀行がお休みになったのと同じなので、経済は大混乱

大岡越前は、
分かったよ。じゃあ、55匁でどう?

アホか
そういう問題じゃないの
相場に任せなきゃダメなの
と、休業を続けます。

参りました。降参します。
大岡越前が大きく挫折した場面です。

貨幣改鋳
時代は少し遡り、5代将軍綱吉の頃
幕府の財政が悪化していった。

取った対策が、お金を作り替えよう作戦

本来は、例えば金貨を溶かして金にした場合、1両分の価値があるとすると、1両
でも、金の量を半分にすると
材料代は半分なのに、1両って書いてあれば1両
大儲けです。

卑怯な手ではありますが
財政は一旦回復

代が変わって第六代の家宣
参謀は新井白石
卑怯な事が大嫌いな白石
ダメでしょ、と元に戻した。

吉宗はその路線を踏襲します。

一枚岩だった筈の吉宗と大岡越前
この件に関しては、意見が分かれます。

上様、現実を見てください
正しいことだけで、やっていける状態にありません。

お金を作り替えよう作戦第二弾
今度は、別の意図も加味します。

金貨と銀貨、両方作り替えるんですが
金貨内の金を60%に、銀貨内の銀を58%にする
要は落とし具合を銀の方が大きくする

理屈で行くと、これで銀は弱くなる。

ところがこれもうまく行かず、結果、銀の方が強くなった。
おそらく、意図が分かった両替商たちが、一致団結して操作した可能性が高い。

再び敗北の大岡越前
ただ今回は強く出た

交換レートは相場に任せるべきっていうのが
君たちの主張だった筈
言っていることとやっていることが違うんじゃないのかい?

説明せよと呼び出したが、出頭拒否

両替商の手代たちを牢に入れてしまう。

まさかそこまでするとは思わなかった両替商たちはうろたえるが
こっちもあとには引けない
またまた、一斉休業作戦で対抗

今度は大岡越前も一歩も引かない。

膠着状態が2ヶ月も続く
さあ、どっちがおれたか

何と、大岡越前が寺社奉行に栄転になってしまう。
町奉行は交替
新しい町奉行と両替商たちが和解
手代たちは解放
一斉休業も復活。

大岡越前としても栄転な訳だから
両者WinWinなのかも知れません。

おそらく、両替商たちは、やりにくい大岡越前を外すべく働きかけたでしょうが
栄転という方向に持っていったのは、
仕事としては嫌な相手であっても
人間対人間として、一目置いていたのかとも思う。

肝心の交換レートですが
次第に落ち着いて、60匁で安定する

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)