富士講でありがたや

伊勢講の話はしましたね
一生に一度は、お伊勢さんに行ってみたい

そのためにみんなでお金を出しあって

それが、おかげ参りとかにも繋がっていった

もうひとつ、忘れちゃならない講
富士講があります。

富士講
庶民の富士信仰は尋常じゃなかった。

これはもう当たり前ですね
理屈じゃない

私も富士山をみるたびに
桜もそうですけど
日本人に産まれて良かったぁ
と、つくづく思いますから

富士山が嫌いな人なんて絶対にいませんね

そもそも、不二
ふたつとない、で富士ですもんね
不死にも繋がる。

お伊勢さん同様
江戸時代の人は、一生に一度は富士山に行ってみたいと考えた。
お金を出しあって富士講です

富士講の開祖といわれるのは長谷川角行というひと
九州長崎の人で、富士の人穴で千日間立ち行の末に悟りを開いたといわれています。
富士山登山百数十回、断食300日などの苦行を成し遂げ、106歳のとき人穴で入寂した

伊勢講の場合は出来るだけ全員にということがあったので
順番に当たったようですが
富士講の場合は
当時、女人禁制だったので、男性しか無理だし
ある程度体力の有るものでないといけない
最初から全員は無理なのでくじ引きの事が多かったようです。

選ばれた者は、代表者なので
もう責任重大で、準備も大変だったようです。

日頃やましい事をしているものは、山酔いをすると
考えられていたようです。
高山病ですね。

御師
伊勢にもいた御師
伊勢のときは、おんしと読んでいましたが、伊勢でない場合はおしと読みます。
旅行代理店みたいな存在でした。

富士の場合にもいて
特に富士登山の4つのルートのうち、吉田口ルートの吉田に多く集中していました。
彼らは、富士山に仕える神主でもあります。

伊勢の御師がお札を配ったように
富士の御師は富士山牛玉(ごおう)と呼ばれるお守りを渡します。

御師の家は宿舎でもありますが
そこで振る舞われる料理にはルールがあります。
肉はだめ
山開きの時には、必ずひじき
魚は鯉が多かったようです。

登山
登山の前には、北口本宮富士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんし)

石灯龍の参道には樹齢300年以上の杉やひのき
高さ18メートルもある大鳥居。
木造の鳥居としては国内最大級です。
世界文化遺産はこの神社も含めての富士山です

しばし進むと大塚丘(おつかやま)という場所があります。
ヤマトタケルノミコトが立ち寄り
「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と言葉を残したとされています。

残された者
無事行って帰ってきて
ああ、代表で行ってくれてありがとう

基本はそうなんですが
女性や体の弱いものはどうやっても行けないわけですから
ちょっと悔しい

そこで考えました。
よし、私たちでも登れる富士山を作っちゃおう。

富士塚と言われる富士山のミニチュア版です。

ウォーキング同好会でのイベントで最初に富士塚に出会ったのが
千駄ヶ谷の鳩の森神社
ただ土を盛っただけでなく、
富士山の名所のミニチュアがことごとく再現されています。

それ以降、何度もウォーキングイベントをやっていますが
あちこちで、富士塚があるわあるわ
最初、あそこにもあった、ここにもあったって数えていましたが
途中から訳分からなくなりました。
品川神社の富士塚なんかは感動でしたね。

ウォーキング同好会を始めなければ絶対分からなかったことです

江戸庶民の富士山に対する熱い思い。
東京には富士山はいっぱいあります!

謙遜
ところで富士山と言えば
日本人の謙遜ということで面白い話があります。

江戸の人が、駿河の人に
駿河名物を誉める

竹細工は他の国のものは比べ物になりません。
いえいえ、お江戸の亀井町の方がはるかにじょうずにござります。
なすびは素晴らしいですね
いえいえ、本所の砂村にはかないませぬ。
といった具合

もう、真打ちを出すしかないと
何と申しましても、駿河の富士は日本一の名山でござりましょう。

いえ、あれも半分は雪でござります。

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