[源平]3 どっちにつこうかプレゼント大作戦

[源平]1 武士の始まり
[源平]2 八幡太郎義家ここにあり
の続きです。

武士が台頭しはじめて、最初の頃は
平将門に代表されるように、平氏が活躍していた。

その後、平忠常の乱、前九年の役、後三年の役を経て源頼信、頼義、義家と
源氏の時代に移る

ところが、義家の息子義親がバカなことをし
流罪になったうえに、クーデターを起こした。
源氏の絶対的ピンチ

このクーデターに対し、白河法皇が追討使を命じたのが、平正盛
平清盛のおじいちゃんです。

平将門を倒した平貞盛の直系の子孫なのですが
次第に没落していっていて、正盛より前は残念な状態にありました。

平正盛は見事、義親を倒し、一躍大出世
平家の栄華のスタートになります。
この機を逃すなと、正盛は、プレゼント大作戦
白河法皇やその寵妃、祇園女御(ぎおんのにょうご)に寺院を建立

あら素敵なお寺
もらっちゃって良いのかしら。

忠盛
正盛の子、清盛のお父さんの忠盛は、路線を継続しさらに大きく飛躍
一番困っていた、寺院の強訴も力づくで抑え
西日本で多発していた海賊もどんどん制圧していきます。

忠盛ちゃん頼りになるわあ。

いよいよ、武士として初めて内裏清涼殿への昇殿を許され「殿上人」となった

貴族たちは大変。
武士なんぞという野蛮なやつに、このやんごとなき場所を汚されたくない。

あれやこれやのいじめ作戦

想定通りさ
忠盛は刀を携えて参りました。

脅しは十分に効を奏したのですが
鳥羽上皇に
こともあろうに刀を持ち込みましたぞ

呼び出されて、改めさせられました。

これか
ん?

何と、木刀に銀箔を貼っただけのまがい物

おーっほっほっ、面白い

逆にお褒めに授かりました。

裏打ちとなる経済でも画期的な発想に至ります。
日宋貿易です。
従来は、富を得ようとしたとき、
田畑からの収穫以外には考えませんでしたが
外国と貿易して儲けよう

儲かりさえすれば、プレゼント作戦もバンバン行けます。

また、平家は源氏の田舎もんとは違い、貴族っぽくなろうと努力しました。
忠盛が鳥羽上皇に
明石の月はどうか、と聞かれたとき、さっと歌を作って見せました。

有明の月もあかしのうら風に 波ばかりこそよるとみえしか
(残月の明るい明石の浦に、風が吹かれて波ばかり寄ると見えました)

明石と明かし、寄ると夜をかけた忠盛の歌心に、上皇も大いに感心しました。

清盛
そして、清盛の時代に引き継がれていくのです。

源氏

一方の源氏、義親の跡は、義家の四男の義忠が継ぎました。
謀反のあとなので、何とか生き残りを図るべく
平正盛の娘婿に入ります。
なりふり構っていられません

ところが、どうしたことか、誰かに暗殺されてしまいます。
その暗殺犯探しで源氏の中はぐっちゃぐちゃ
なんとかせいと、義親の息子為義がおおせつかったけれど
なんともできない
結局白河法皇の信頼を失う結果に。

このままじゃまずいと近づいたのが、摂関家の忠実と頼長でした。

一方、為義の子、義朝は
このお父さん、話にならんと独自の道を歩みます。
関東へ向かい、地元の武士たちと連携強化
その上で京都ともパイプを持ち
鳥羽上皇のに近づいて行きます。

この、誰を頼りにしたかという違いが、このあと命運を分けることになります。

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

[天皇]74 鳥羽天皇。ただ待って、よっしゃこれから

鳥羽天皇
1107~1123年

堀河天皇が若くして崩御し
その子は5歳にして即位した。

当然、何らの判断も無理なので、
引き続いて、白河法皇が院政をとる

鳥羽天皇が成長すると内房の事まで指示

白河法皇が養子にして育てた璋子(しょうし)
親子というより男女の関係との噂
その璋子が、鳥羽天皇の女御として入内

後の崇徳天皇が生まれるのだけど
鳥羽天皇は、自分の子供だとは信じなかった。

叔父子と呼び、決して可愛がる事はなかった。

鳥羽天皇は性格は、父親、堀河天皇に似ず
祖父の白河法皇に似ていた。

白河法皇としては、自分に似ているだけに
思っていることが分かる

主導権を取ろうとするだろう
鳥羽天皇に味方しそうなものを潰しておく必要がある
手を組まれてやっかいになるのは
関白の藤原忠実(ただざね)

白河法皇は忠実を失脚させる

そして崇徳天皇が5歳になったら、仕上げに、鳥羽天皇に無理矢理譲位させる
院政期では自分が院政を行いたいが故に
天皇になると、すぐ自分の子供に譲位する傾向にあるが
自分の子供が本当の自分の子供であってのこと
逆に、白河法皇からすると
鳥羽は孫だけれど、崇徳は子供(?)かもしれない

その後、鳥羽天皇には、本当に愛した徳子との間に子供が生まれるのだけれど
その子にこそ譲位したかった。

鳥羽は上皇になったのだから、院政をはじめたい訳だけれど
白河じいちゃんが、以前として院政を続けているので
どうにも手を出せない

じっと待つ日々

そして、ようやくその日がやって来る

白河法皇が亡くなる

よっしゃこれから

そして、崇徳天皇にすると
可愛がってくれた白河法皇からいじめられた鳥羽上皇へ。
地獄が始まった。

[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)

[昭和歌謡]139 負けないで。天国の母に届け

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズ
残り少なくなってきました。

負けないで
ZARD
作詞・坂井泉水、作曲・織田哲郎
1993年

♪ふとした瞬間に 視線がぶつかる
幸運のときめき 覚えているでしょ
パステルカラーの季節に恋した
あの日のように 輝いてる
あなたでいてね

負けないで もう少し
最後まで 走り抜けて
どんなに 離れてても
心は そばにいるわ
追いかけて 遥かな夢を

伝説になりましたね。
ZARDの坂井泉水
1990年代の女性アーチストで最高の売上
だけど、メディアへの露出が極端に少ない
そして、転落死

負けないで
負けないで、というストレートな表現は
たくさんの人を助けたと思う。

発表の2年後、阪神淡路大震災がおきる

この歌はどれだけの人を勇気づけたろう

神戸の神戸震災記念館に行ったとき
数多くの資料や写真を見た
ある写真の前で動けなくなった。

瓦礫の横に木があって、その木に花が咲いていた。
「それでも花は咲く」という貼り紙

花は咲くんだ

負けないで、は高校野球の行進曲にも使われたし
24時間テレビのマラソンの時にも流れた。

でも、もう一度阪神淡路大震災と同じような事で出番が回ってくるなんて
誰が予想したろう。

東日本大震災

母も家も奪われた少女が
天国の母に届けと
自宅跡の瓦礫の中で「負けないで」をトランペットで演奏した。

[昭和歌謡]シリーズはこちら(少し下げてね)

[植木等]6 青島幸男と言います。

[植木等] 物語の始まり
[植木等]2 小学生が檀家を回ってお経
[植木等]3 いたんだねえ。あいつが
[植木等]4 コミックバンド?へえ、そう
[植木等]5 クレージーな猫たち完成
の続きです。

クレージーキャッツ始動
植木等が昭和32年に加盟してクレージーキャッツも少しずつ仕事が増えてきた。
植木は32歳。とても分かりやすい。
植木は昭和と共に生まれたから、昭和の何年かがすなわち植木の年齢。

クレージーキャッツの定番ネタ「枯葉」

(植木等)
♪枯葉よー 枯葉よー
(ハナ肇)
ひらひらと散っていく一枚の枯葉。一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚
八枚が十六枚、十六枚が三十二枚・・
(植木等)
はいおし「まい」

基本、こういった他愛もないものだけど
笑いって、そもそも理屈どうのこうのより
誰がどういうシチュエーションでどういう言い方するか
というような事の方が大事なんだろうなあ

植木等って小学生の時に、お父さんに換わって檀家を回っていたくらいだから
肝が据わっている
どんな舞台だろうが一度もアガったことがないらしい

例えば日劇のステージ
何かの歌を歌っているとき、間奏終わって二番を歌おうと思ったら歌詞が出てこないのね
とっさにメロディに乗せて、口上なんて言ったりして
本日はお忙しい中、クレージーキャッツのショウを見に来ていただいてありがとうございます。
実は、この曲、今日はじめてで二番を覚えておりません。
従って、三番から歌います。
ところが、三番の歌詞も全く思い出せない。
いいや、ってんで、もう一回一番歌って終わらせちゃいました。

渡辺プロは芸能プロダクションとしてははじめて、給料制を採用
タレントを使い捨てではなくて長く育てて行こうという考え。
クレージーキャッツとしても仕事は選り好みできなくて、何でも挑戦していく事になる

もともと浮き沈みのある仕事だから、
仕事のないときは、給料の資金を用意するのに四苦八苦。

渡辺プロの渡辺晋の奥さんで共同経営者の美佐
お金をつくるために主人はポーカーをやって稼いだり、
私の実家に借りに行ってたわ。
借金に行く時、主人は必ずハナちゃんを連れて行くの。
面白い話をして、充分に笑わせたところで、
すみません、こいつに払う金がないんですねと切り出す。
両親は主人とハナちゃんが玄関に立つと、
また金がなくなったのかとがっくりしたそうです

昭和33年。ジャズブームが過ぎ、ロカビリーブームがやって来る。
クレージーキャッツの所属する渡辺プロもそれなりに潤ってくる

おとなの漫画
皇太子と美智子妃の結婚祝賀パレードを機に、一気にテレビが普及した昭和34年
フジテレビが開局
同時に始まったのが、おとなの漫画という帯番組
クレージーキャッツの初のレギュラー番組。
その日の朝刊のネタをもとに、お昼に5分間、コントをやるというもの
ちょっとしか時間がないのに、台本作りから打ち合わせからリハーサルまで
録画技術がまだないので、毎日毎日生放送

当時の売れっ子のライター、キノトール、三木鮎郎、永六輔が狩り出された
補欠として、もうひとり

ところがもう始まっているというのに、基本方針が何から何まで決まっていない。
三人の売れっ子ライターが全員逃げ出しちゃった。

補欠が一人で台本を書いている

ホンはどこ?

なかなか思い付かなくて

何を呑気な事言ってんだよ

呑気とかじゃなく事実を言っています。

良い度胸してんな
見慣れない顔だけど、お前は誰?

青島幸男と言います。

毎日が戦争になった。
結局リハーサル的なことの余裕はなく、毎日がぶっつけ本番

青島幸男は大奮闘
でも、もう無理ーって日もある
そんなときはピンチヒッターの登場
TBSの音楽番組担当ディレクターの砂田実もその一人

フジテレビの番組をTBSのスタッフが手伝うという無茶苦茶な話

配役は全てハナが決めるの
学校の先生だの警察官だの
だいたい一人とんでもない奴がいるのね
酔っぱらいだったり、無責任な男だったり
不思議と全てそれを俺に回してくるんだよなあ

ハナは気配りの人
先ほどのTBSの砂田が書けなくてウーンと唸っていた時も
砂ちゃん大丈夫だよ。いざとなったら洗面器降らしときゃなんとかなるんだから

ハナを悪く言う奴は一人もいなかったよ
ガキ大将みたいなところはあったけど
みんなのために一生懸命やってくれていることは分かっていたからね
リーダーらしいリーダーだったよ

ブレイク
そして、昭和36年。
ブレイクする時がやってくる

6月4日。「モーッ」という牛の鳴き声から始まった。

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)