[植木等]2 小学生が檀家を回ってお経

[植木等] 物語の始まり
の続きです。

子供の頃の話

栗谷
困難な方を選んだお父さんの徹誠、家族で行ってみるととんでもない田舎
三重県多気郡荻原村大字栗谷小字栗谷(現在は同郡大台町)の常念寺
等は4歳から。
自然豊かな田舎暮らしが楽しかったようですが。

引っ越した後も、徹誠は水平社や労働運動の集会に行った
たまに檀家を集めて話す説教は「自由と平等」
横に置いた仏像を物差しでぺちゃぺちゃ叩きながら
こんなものは何の役にもたちゃしない

等も小学校に上がる前からお経を教わる
檀家回りにも連れていかれるようになる

学校でも人気者
関西弁でいうところのおちょけ
人前でちょけて、笑ってもらうのが大好き

5年後、度会郡四郷村大字朝熊区(現在の伊勢市朝熊町)の三宝寺に引っ越す
その地域の部落解放運動が大変になっきたというのが理由

檀家を集め

私は死人の供養に来ましたが
同時に、生きている人の良き相談相手にもなる予定です。
お互い友達同士として、何でも相談に来てください。

さらに2年後、日中戦争が勃発
徹誠を含んだ、部落解放運動のメンバーが治安維持法違反ということで一斉検挙された。
突然、お父さんがいなくなった。
等は6年生。号外を広いその中にお父さんの顔写真があった。

お父さんは何か悪いことをしたんだろうなあ
お母さんに聞くと、お母さんを苦しめる事になりそうで聞けなかった。

勇気を振り絞って、檀家の人に聞いてみた。

お父さんが逮捕されたの知ってますか

知ってるよ

何したんですか

戦争に反対したからだよ

えっ、
戦争はやらない方が良いんですか?みんなやれやれって言ってますけど

そうだなあ
やらない方が良いけど、やらない訳にはいかないんだよ

等は、子供心に考える
やらない訳にはいかないんだったら、反対って言っても仕方ないじゃないか
変なお父さんだなあ

徹誠は反戦論者
檀家の人が召集礼状を受けると
戦争は集団殺人だ。卑怯だなんだ言われても絶対死んじゃ駄目だ。
なるべく相手も殺しちゃ駄目だ
と言っていた。

等は、学校で
キョーサントー、キョーサントーと言われる
キョーサントーって何なのかが分からない。

なにそれ

お金持ちはお金持ち、貧乏は貧乏っていうのをやめて
みんな一緒にするんだってさ

えっ、それは良いことなんじゃない
ちょっとお父さんを見直す。

とても長かった。
お父さんは、結局色んなところにたらい回しにされ、3年間も帰ってこなかった。
毎日、お父さんのところにお弁当を届けに行く

お父さんは刑務所で、お兄さんは名古屋の学校
仕方ないので、檀家回りは等がやる
だぶだぶの袈裟を来て、お経をあげる
お経は小学校上がる前から教わっていましたので。

よく覚えたねえ、えらいえらい
でも、あなたのお経じゃねえ

お布施を値切られちゃう。

お兄さんが、名古屋の学校から戻ってきている時にお葬式があった
お兄さんと一緒にお葬式
うまくお経が合わなくて、兄弟喧嘩
檀家から、こらこら、兄弟喧嘩しちゃダメでしょう、ってたしなめられる。

等はマイペースな性格なんだけど、お兄さんは問題児
問題を起こしては、親に心配ばかりかけていた

そんなお兄さんに召集礼状が届く
ニューギニア近くを航行中の輸送船に乗っていたお兄さんは
船もろとも、海の藻屑になった

戦死広報が届く前に一通の手紙が届いていた。

内地ではお母さんに親不孝なことばかりして、心配のかけ続けでした。
本当に申し訳ありませんでした。お許し下さい。お母さん、いつまでもお元気で

戦死が分かると、お母さんは号泣した

あんなに迷惑ばかりかけていたのに
死んじゃうと、こんなに悲しむもんなんだ、と思う

東京へ
お父さんの収監が長引くと植木家の家計はどんどん苦しくなっていった。
このままでは、等を学校に行かせてやれない。

お母さんは、等を東京のお寺に預ける事を決意
東京のお寺なら、等を学校に行かせてもらえる。

上京するときは、一旦お母さんも一緒に東京へ
銀座で白い帽子を買う。

これ、かぶりな

一緒に食事
何を食べたかまでは覚えていない。

お堀端を歩いて行って、鯉を見ているとき
帽子が落ちちゃった

お母さんが、頭をピシャーン

そういうことって良く覚えているもんです。

お母さんが戻るとき
汽車が離れて行くと急に悲しくなって、号泣

このあと、東京での暮らしは、シリーズの次回ね

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

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