トキワ荘マンガミュージアムに行ってきました。今度こそ。

以前、トキワ荘マンガミュージアムに行ったら、
企画展の入れ換えで、臨時休館
しかも、そもそも事前に予約が必要と判明
うひょー

周辺にもゆかりの地がいっぱいあってとても楽しめたので
十分満足できたのですが。
トキワ荘マンガミュージアムに行ってきました。

予約も入れましたよ

行けーーーーっ

椎名町
最寄の駅は西武池袋線椎名町
せっかくですから、駅近くを若干回ってみましょう。

■金剛院

おーっといきなり赤門
赤門の基準がどんどん分からなくなってきました。
本来、赤門は東大本郷キャンパスの赤門のように
徳川家からの嫁を迎えるときの門に限定している筈
でも最近やたらにお目にかかるんですよね
このあと行く自性院も赤門
一度じっくり調べることに致します。

ここの場合は、江戸時代に、大火の被災者をいっぱい助けたことへのご褒美だそうです。

カフェ寺スなゆたというお洒落なカフェがあったり
各所にQRコードがあって、解説が見れたり
ユーチューブで色々配信したり
とても積極的なお寺さん
好感持てまーす。

そういう一環でマンガ地蔵もあります。
トキワ荘の椎名町の盛り上げに一役買っているんですね

マンガを書くペンを持っていたり、服にマンガのコマ割が書いてあったりします。
横には、ドラえもん地蔵?

■長崎神社

5月に行われる獅子舞が有名らしいです

■椎名町駅
椎名町駅に戻ってきました。
駅にもトキワ荘を盛り上げようという展示が色々。


■ゆかりの地

予約は11:00
それまでの間、ゆかりの地を巡りましょう
区民広場の、よこたとくおのマーガレットちゃんモニュメント

その横には、あけぼの湯跡
赤丸のある場所には統一してこういう看板が出ています。

出たっ鈴木園

トキワ荘から出た赤塚不二夫がここで書いたのがおそ松くんとひみつのアッコちゃん

♪アッコちゃん来るかと校舎の外れまで出てみたが~

ラミパス ラミパス ルルルルルー

紫雲荘は、赤塚不二夫が製作場所として借りたアパートなんだけど
どうしても分からず。
後で、あああそこだったのかぁ、とは思ったが写真はなし

トキワ荘マンガミュージアム
着きました。
ちょっと時間が早かったのですが入れてくれました。

大御所4人は部屋の再現なし
撮影も不可になっています。

■共同トイレ

懐かしい感じ

■共同炊事場

出ましたっ
ここが一番見たかった。
奥のシンクのところ
石ノ森章太郎が銭湯に行くのが嫌いで
臭くなるから、赤塚不二夫がそこで体を洗ってやっていた。

■22号室(寺田ヒロオ)

トキワ荘のアニキ
この部屋狭いけど、みんなが集まって色々話した。
みんな寺田ヒロオがいたから、トキワ荘に集まった。

企画展は寺田ヒロオで、
初めて漫画をみて
なるほど、だからか、と思ったので後でもう一度ね

テーブルの上の飲み物は、チューダー
チューハイとサイダーを割ったもの
チューハイ1対サイダー9
金がなかったと言うことと、藤子・F・不二雄が酒が飲めないから。

■14号室(手塚治虫→藤子不二雄の二人→藤子不二雄A)
写真NGで再現もなし

最初、手塚治虫の部屋だった。
手塚治虫がトキワ荘を出ていくにあたって、
貧乏な藤子不二雄の二人に、敷金そのままにしておいてくれて譲渡
即ち、手塚治虫は寺田ヒロオ以外の誰とも期間がダブっていない

それでも、トキワ荘にそうそうたるメンバーが集まってきたのは
手塚治虫への憧れと
寺田ヒロオの人間的魅力

1年後、藤子不二雄は何とか食えるようになってきたので
藤子・F・不二雄が隣の部屋に移り二人が分かれる。

■20号室(よこたとくお)

その前に鈴木伸一や、森安なおや
鈴木伸一は、こんなひと

そうです。オバケのQ太郎のラーメン大好き小池さんは
鈴木伸一さんです。
漫画の中の設定も実は小池さんではなく、小池さんの家に下宿している鈴木さん。
表札が「小池」なので、みんなが小池さんだと誤解しているだけ

■15号室(藤子・F・不二雄)

■16号室(赤塚不二夫)
再現は無いのですが、なぜかここだけ撮影OK

ああ、ここから天才バカボンが出たんだなあ

♪これでいいのだぁ これでいいのだぁ
ボンボンバカボンバカボンボン

■19号室(水野英子)

石ノ森章太郎や赤塚不二夫とUマイヤという名前で合作のマンガを書くため
7ヵ月トキワ荘にいた。
作業はほぼ、石ノ森章太郎の部屋で行った。

■17号室(石ノ森章太郎)
元々赤塚不二夫と友達で、共に引っ越して来た
このメンバーの中では食えるようになるのが一番早かった。
赤塚不二夫や山中ジョージは石ノ森章太郎のマンガを手伝うことの方が多かった。

■18号室(山中ジョージ)

企画展等の続きは明日ね

[おでかけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

[源平]2 八幡太郎義家ここにあり

[源平]1 武士の始まり
の続きです

後三年の役
前回、前九年の役の話をしました。
清原氏が手伝ってくれたので、源頼義と義家は東北の安倍氏に勝利。

義家は、陸奥守に就任します。
東北地区の知事さんってことです。

清原氏は大出世なので、そのまま何事もなければ良かったものの
清原氏の中で内紛を起こしちゃった。
清原真衡、対、家衡・清衡

東北地区なので、義家が
こらこら何してる

平等に仲裁に入れば良かったのかも知れないけど
真衡に肩入れする
家衡・清衡はまずいっ、と逃げ出し降参
結構簡単に解決した、と思ったのに
なんと勝った筈の真衡が病気で急死。
意味ないじゃん

家衡と清衡はすぐに素直に降参してきたんだから、
負けた筈だけど、このふたりに、土地を分け与えよう。

ここで解決すれば良かったんだけど
分け前の多い少ないで、家衡と清衡が喧嘩
義家も巻き込まれて泥沼の戦い。

義家は関東の武士たちに召集をかけて、
事態を収集させるんだけど
かなり長引いたし、
一般市民も虐殺したりの悲惨な戦いだった。

ようやく終わらせ、意気揚々と京都に戻ったら

ちょっと待ってよ
前九年の役の時は、朝廷に歯向かってきたから、制圧せよと命令したけど
今回内輪揉めでしょ
うちとしては決められた年貢さえちゃんと払ってくれれば問題ない訳よ
そもそも、あなたが勝手に戦っている間、年貢が滞ってますけど
それを徴収するのが、陸奥守の役割ですよ

全く評価してもらえなかった上に、お叱りまで受けちゃった。

となると、報奨も無しなので、動員をかけた関東の武士たちに
与えてあげられる報奨がない

そんな訳にはいかないと
義家は身を削って、自分の財産から分け与えた。

結局は失敗だったけど
事情が分かった関東の武士には、大人気になった。

後半生
ここまでは良かった義家
任期を終えて、京都に戻ってからは、苦難の連続

まず、弟義綱との戦い。
義家が東北でぐだぐだやっている間に
義綱は京都で人脈を広げ、出世しちゃった。
堀河天皇の摂政関白を勤めた藤原師実、師通と信頼関係を築いた
実質、河内源氏の族長の座は、義綱となった

あわや、京都の地で、義家・義綱の合戦勃発かという状況。

ところが、関白師通が急死
一気に状況が変わり
白河法皇が強力な力を持つことになる。

そうなると、白河法皇と元々仲が良かった義家が再度浮上して逆転。

義親(よしちか)
折角信頼回復に至った義家なのに
長男の義親がバカな事を繰り返します。

九州各地で人民を殺し金品を奪う。
太宰府の命令にも背く

義家さん、息子を何とかせい

義家は首藤資通を息子の元にやり、京都に連れ戻そうとします。
ところが、資通が義親を諭すどころか、逆に義親といっしょになって朝廷の役人を殺しちゃった。

結局、義親は隠岐の国に流罪、資通は投獄

苦悩のうちに、義家は亡くなります。

その後、流人の隠岐の国の義親が出雲に渡り、反乱を起こします

河内源氏はせっかく義家が頑張ったのに
この義親のために、地に落ちるんです。

その反乱を治めるべく、追討使を任命されたのが
誰あろう、平正盛です。

ここまで、源氏でしたが
一気に歴史は平氏側に移ります。

続きはシリーズの次回ね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

[天皇]73 堀河天皇。嫌だっ、部屋から出ないぞ

天皇シリーズ

堀河天皇
1086~1107年

白河天皇が、後三条天皇の描いたイメージ、弟へのワンポイントリリーフなんぞになってたまるか、と自分の子供に譲位した。

堀河天皇、8歳

摂政には藤原師実(もろざね)
白河法皇が自分が天皇だった時期に10年ちょっと助けてもらった。
気心が知れている。
堀河天皇からすると、お母さんのお父さん。外祖父。
譲位して白河法皇になった途端に、独裁的院政が始まった訳ではない
継続して、師実がもろもろ事を進め、白河法皇との間もうまく行っていた。

その後、寛治8(1094)年に、師実は息子の師通(もろみち)に関白を譲る

堀河天皇は、白河法皇とは真逆な性格。
物静かでここに優しい。
短歌や笛に能力を発揮する。

成長してくると自我に目覚める
とは言え、頑固親父に抵抗できるような性格ではない。
気に入らない事があると、部屋から出てこないというくらいのささやかな抵抗。

新しく関白になった師通はイケイケの性格。
よし、自分は無理だけど、師通に喧嘩役をやってもらおう。

師通も「まかさんかいっ」

白河法皇に対してもそうなんだけど
一番矛先を向けたのが、当時の大問題、寺院勢力
延暦寺、興福寺、園城寺

ぶっ潰せ

寺院勢力は武力を持ち、強訴(ごうそ)を行いやりたい放題
神様仏様を前面に押し出しているから、バチあたりになるのを恐れ
むやみに手を出せない

師通は、なんぼのもんじゃいと、源頼治を使って延暦寺を撃退
延暦寺は師通を
死ねぇ~ 死ねぇ~ と呪詛

病気で急死

ほら、バチが当たったんだと、延暦寺は吹聴して回った。
師通の関白はわずか5年

次はその息子、藤原忠実
まだ22歳

はい、もうここからは白河法皇の独壇場です。

堀河天皇の奥さんは、まず篤子内親王
13歳の時に、内親王は32歳
そら、無理でしょう。
子供はできませんでした。

次は藤原実季の娘
ようやく、後の鳥羽天皇が生まれました。

白河法皇も大喜び

人柄が良く頭も良かったのでみんなに好かれた。
もともと病弱だったので、29歳の若さで崩御するが
8歳からなので、21年間。
そこそこ頑張ったと言えるでしょうか

[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)

[植木等]5 クレージーな猫たち完成

[植木等] 物語の始まり
[植木等]2 小学生が檀家を回ってお経
[植木等]3 いたんだねえ。あいつが
[植木等]4 コミックバンド?へえ、そう
の続きです。

シティスリッカーズ
フランキー堺がシティスリッカーズというコミックバンドを作ったんだけど
ギターに抜けられて困っちゃっていると言う

とにかく一回見に来るだけと言われて行った。
そこで、谷啓と桜井センリがいた。

フランキー堺が、
ありがとう。頼む。

急に日劇のステージにあげらされた。
譜面はどこにあるか分からない
仕方ないので、弾いている振り

だんだん飽きてきた
何だか手招きされる
何の意味だろう
どうせ一日限りの他人のバンド。どうでもいいや。
横にあったマラカスを持って前に出て、デタラメな歌を歌ってみた。

シャバダバタ ウー

バンドのメンバーもお客さんも大爆笑

いやあ、助かったよ。ぜひ来てくれよ。

すみません。自分のバンドがあるもんですから。

そちらを解散して、メンバーが全て行き先が決まるまで待つから、頼む

そこまで言うならと、入ることにした。
真面目なジャズからコミックバンドへの転身
それも意外にすんなり行った。

もともと人を楽しませるのは好きだったしね
谷啓と出会って友達になれたのが、何よりも大きかった。

シティスリッカーズは、越路吹雪やペギー葉山などの前座バンドとして
日劇に出ていた。

食うには困らず、少しずつ生活も上向いて行った。

お父さんが、家を買うから金を出せ、と言ってきた。
お母さんに先立たれたので寂しくなり、一緒に住もうと思ったらしい。

いくら?って聞いたら、70万円だって。
そんなにある訳ないだろう。

いくら貯金があるんだと聞いたから
6万円

何だたったそれだけしかないのか

じゃあ、親父は貯金いくらなんだよ

そんなの一銭もある訳ないだろう

結局何とか70万円を工面してその家に家族で住むことになった。
後日談だが、数年後、植木がテレビに出るようになり、人気が出ると
ファンがやって来るようになった。
煩わしいと思ったお父さんは、勝手に家を売っちゃった。
売れたのが420万円
たった数年で、350万円儲かった。

シティスリッカーズは他のバンドと一緒に地方回りもした。
良く一緒になるバンドが「シックスジョーズ」
渡辺晋がそのバンドのベースマンだった。

シティスリッカーズの演奏の時、決まって渡辺晋が一番前で見て大笑い

良く同じネタで毎回毎回大笑いできるなあ

そんな渡辺晋はマネージャーの曲直瀬(まなせ)美佐と結婚する。
3年間プロポーズし続けての結果だった。

関西で松竹芸能を立ち上げた勝さんに
僕はお笑いとかをやるから
晋さんは東京でジャズとかのプロダクションをやればいいのに。

渡辺晋と美佐が、芸能界というものを確立した渡辺プロダクションをスタートさせる

一方その頃、ハナ肇は、浜口庫之助の子飼いのバンドでドラムを叩いていた。
ところが正月いっぱいで解散、ってことになったから
自分でバンドを立ち上げた。
「ハナ肇とキューバンキャッツ」
メンバーは以下の通り

ドラム ハナ肇
ベース 犬塚弘
クラリネット 萩原哲晶
ピアノ 橋本光雄
テナーサックス 稲垣次郎
ヴォーカル 南晴子と筑波礼子

ある日、渡辺晋が、植木等と谷啓に言った。

ハナちゃんが、コミックバンドを組んだんだけど入らないか

「ハナ肇とキューバンキャッツ」は渡辺プロに所属していた。
そもそも渡辺プロに所属していたのは、
渡辺晋自体のシックスジョーズとキューバンキャッツの2組だけだった

ともかく一回見に来いよ

しつこく誘われて、植木等と谷啓は見に行った

ステージが終わって、谷啓に聞いた

おい、どうする?

う~ん。行こうかな。

えっ。

すんなりは行かなかった。
シティスリッカーズの所属事務所は、やくざまがいだった。

おまえたち、抜けるってことは無いよな

はい。とんでもないです。

植木は軽く答えたが
谷啓はそう言われるとむしろ反発して、とっとと移ってしまった。

おい、植木、いつ来るんだよ。

分かってる、もうちょっとだけ待ってくれ

何度も引き延ばし、とうとう一年

その間、キューバンキャッツは、なぜかクレージーキャッツと名前を変えていた。

メンバーも、数人入れ替わっており、植木等が加わった段階でのメンバーは

ドラム ハナ肇
ギター、ヴォーカル 植木等
トロンボーン 谷啓
ベース 犬塚弘
ピアノ 石橋エータロー
テナーサックス、クラリネット 安田伸

後に、石橋エータローが体を壊して、1年間休養
代わりに入ったのが、シティスリッカーズにいた桜井センリ
1年後、石橋エータローが復活した時、桜井センリもそのまま残留
ピアノが二人という不思議な形

それまで、色んなバンドを渡り歩いてきたメンバーたちだが
クレージーキャッツになってからは全く入れ替わっていない。
こんなに長く入れ替わりのないバンドはそうそうない。
さらに言うと、クレージーキャッツはいまだに解散していないのだ。

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)