[天皇]66-2 一条天皇。彰子、理由はただひとつ。

[天皇]66 一条天皇。幸せな天皇(枕草子)と哀しい天皇(源氏物語)
の続きです。

前回は、幸せな頃の一条天皇でした。
ただ、愛する妻、定子のお兄さん、伊周(これちか)とはどうしてもうまく行かなかった。

兄が流罪になったのに、自分だけ幸せでいる訳にはいかないと、定子は出家してしまいます。

関白は、10日間だけの道兼を経て、道長ヘ
正式には関白とはせず、内覧の宣旨というのを出しただけ。
出ましたね、道長。
藤原氏で最高に権勢を振るった道長

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば
お月さん真ん丸の道長です。

藤原氏が権勢を振るえるのは、天皇の外戚だから
道長も娘を送り込みます。
彰子、この時13歳。

8歳年上で21歳だったのが、一条天皇。
出家しちゃったとはいえ、やっぱり大好きなのは定子。
彰子としてもどうしたもんやら。

道長は、定子がなんだとばかり
彰子に、最高の教養を身に付けた、女房たちを仕えさせる。

定子の方の有名人は清少納言
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ

彰子の方は、紫式部
めぐりあいて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半(よわ)の月かな
和泉式部
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな
大弐三位(だいにのさんみ=紫式部の娘)
有馬山 ゐなの笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
小式部内侍(こしきぶのないし=和泉式部の娘)
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
伊勢大輔(いせのたいふ)
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
豪華豪華、超豪華

これだけ見ると、定子がんばれって気持ちが起きますが
彰子は性格がとても控え目

定子に気持ちが行っている一条天皇の事を目一杯愛します。
一条天皇の気持ちを大切にしたい

定子は一条天皇との間に子供をもうけるも、若くして亡くなってしまいます。
普通ならば、やったあ今度は私の番ね、ってところでしょうが
なんとその子供、敦康親王(あつやすしんのう)を引き取って自分の子供同然で育てるのです。

理由はひとつ。一条天皇が敦康親王を可愛く思っているから。

一条天皇の憂鬱
そんな彰子とは裏腹に
道長の横暴は度を増していきます。

京都から、奈良の春日大社へ参拝
春日大社は藤原氏の氏神様ですから。

一人で行けば良いものの
いっぱい引き連れての大行列。

貴族たちは、その行列に参加することで、忠誠を示す。
天皇の側近についてもそうなります。

天皇って、大床子(だいじょうし)という巨大な椅子に深く座らなければならない。
どうなるかというと、自分で手を伸ばしても、料理に手が届かない
台盤(たいばん)という天皇に食事を食べさせる係がいなければ
天皇は食事することができません。

その食事係が、行列に参加するため、お休みを取っちゃった。
とうとう一人を除いて全員が、行列に参加するため、食事係をサボって出勤しなかった。

彰子
再び、彰子に話を戻しましょう。

彰子と一条天皇の間にも男の子が二人生まれます。
道長は大喜び

それでも彰子は、定子の遺児、敦康親王を変わらずに可愛がり
皇太子につけようとさえします。
結果としては、道長に阻止されて、実現できませんでしたが。

[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)

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