[徳川名参謀]14 家茂→井伊直弼。安政の大獄1

井伊直弼の2回目です。

井伊直弼は3回に分けるつもりでした。
一回目は歴史上の大転換点。260年以上続けた鎖国から、開国。日米修好通商条約調印。
最後は、歴史上の大転換点。ここ以降、明治維新にベクトルが合った、桜田門外の変。
間の今回は、その間の恐怖の、歴史上の暗黒の数年。安政の大獄。

なんてことでしょう
そのそれぞれが、おそらく誰でも知っている歴史上の大事件
その主役は全てこの、井伊直弼という男。

でも、書いてみますと
今回、むちゃくちゃ長くなりすぎました。
安政の大獄は2回に分けさせてください。

前回の話はこちら
[徳川名参謀]14 家茂→井伊直弼、なんでそうなるのか
水戸斉昭側からの話はこちら
[徳川名参謀]13 家定→徳川斉昭
同時期の徳川慶喜側からの話はこちら
15代慶喜、天才過ぎて
14代家茂、和宮と幸せな日々、そして悔し涙

調印後
怒濤の展開を見せるので、日を追いながら行きましょう
日米修好通商条約調印が6/19でしたね
安政5年(1858年)
明治維新が1868年ですから、僅か10年前です。

まず、2日後の6/21、朝廷へ速達で事後報告
誰かを向かわせたという事ではなく、手紙だけ。

6/22 将軍継嗣問題での内勅が下される
次は家茂です。
公表されるのは6/25

井上と岩瀬にはめられたとはいえ
調印を自分が承認した認識は持っている。
矢面に立ちます。

約束が違うよね
勅許があってからだったよね

怒濤の攻撃があるのは分かってますから
準備として、先手に出ます。

トカゲの尻尾切り
6/23 老中、堀田正睦と松平忠固を罷免
変わって太田資始、間部詮勝、和泉乗全を任命
うなづきトリオです。

同6/23 まず徳川慶喜がやって来ます。
説明してもらおうか

予め言っておきますと、決められた日以外に江戸城にやって来るのは
法律違反です。

経緯はどうあれ、自分が承認して調印した。
結果としては、日本の歴史において大きな一歩を踏み出した。

なぜそうしたのか
メリットとデメリットを並べ、理路整然と述べるなら
どう考えても論破出来る。

責められながらも、なぜそうしたのかの理由を口から出していくうちに
頭の中が整理されて、体系だっていくというのは、良くある事です。

井伊直弼はどうしたか
ひたすら平身低頭作戦です。

おおせごもっともを繰り返し繰り返し押し通す。

確かに、相手がカッカ来ているときは、有効な作戦かも

このあと
翌日 6/24 松平慶永
次の6/25 いよいよ、水戸斉昭とその子の水戸藩主慶篤、尾張藩主徳川慶勝が連れだってやって来る。
午前9時から午後3時まで延々6時間も待たせ
弁当も出さない。
一行、腹ペコで元気なし。

この押し掛け組達、本題の勅許なき調印問題は
おおせの通りの繰り返し作戦にやられ、
ついつい、将軍継嗣問題を話してしまっている。
慶喜にいたっては自分が一方の当事者
最後は応援するとまで言っちゃっている

井伊直弼の方が一枚上手だった。
そして、実はこれが安政の大獄の始まりとなる。

京都で
その頃京都では
手紙を読んで怒り心頭

なんだとぉ
やってられない
わしゃやめる

天皇は譲位の意向。

とりあえず、御三家の誰かか老中のいずれかが
事の次第を説明すべく上京せいと使いを江戸に向かわせたのが6/29

安政の大獄の始まり
7/5 押し掛け組への処分が発表される
それぞれに、隠居や自宅謹慎
緩くない?と思われるかも知れませんが
自宅から一歩も外に出られません。
手紙を始めとした外との交流は一切許されない。
水戸派が一掃された。

そして、翌日えらいことがおきます。
7/6 家定急死。

安政の大獄が始まった翌日。
次の跡継ぎが誰と発表された10日後。
何でしょうね。

京都から
京都から使いが江戸に向かっていましたね。
江戸に着いたのが運悪く、7/6
家定急死の当日。

老中はしっちゃかめっちゃかで対応できず
御三家はと言うと、昨日謹慎になったばかり。

いつまでたっても、動きがない。

天皇の怒りも頂点に

急激に力を持って来ている朝廷。
回りもそれなりの人が集まってきていた。
梁川星巌(やながわせいがん)(詩人)・梅田雲浜(うんぴん)(経世家)・頼三樹三郎(らいみきさぶろう)(頼山陽の息子)・池内陶所(いけうちとうしょ)(通称、池内大学)(儒医)
らの学者グループ
お公家さん達は色んな知恵を借りて
巻き返し案を作り、天皇をとりなす。
そこにあの西郷隆盛が加わってきます。

水戸と組みましょう案。
こちらから仕掛ける。

いわゆる戊午の密勅(ぼごのみっちょく)と言われるもの
8/8に出されます。

1.勅許なく日米修好通商条約(安政五カ国条約)に調印したことはおかしい。
 ちゃんと説明せよ
2.御三家および諸藩は幕府に協力して公武合体の実を成し、
幕府は攘夷推進の幕政改革を遂行せよ

で、この事を水戸藩が中心になってやりなさい。

最初に水戸藩に、ちょっと遅れて
「水戸藩が中心になってやりなさい」以外の部分を幕府に送ります。

この後、明日にします。

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