[富岡日記]5 郵便とやらで手紙を出したら

和田英の富岡日記、やっぱり有名なのか
[富岡日記]2 神様お願い
[富岡日記]3 盆踊りが思わぬ方向に。
[富岡日記]4 やはり七粒も八粒もお付けになりましたか
の続きです。

郵便
親元とは飛脚でやり取りしていましたが
郵便なるものができたとのことで
親元から郵便で手紙が届きました。
五厘の切手が四つ貼ってありました。

そのようなありがたいものができたのかと大喜び

早速返事を書こうと思いました

仲間の部屋を回って
私は今日郵便とやら申す物で手紙を出すから、
一人で出すのも惜しいから皆さんもお出しなさらぬか

みんな大喜びで、我も我もと手渡されます。

一くくりにして、女中のお大さんというひとに、
十銭札を渡して、八銭お釣りが来るだろうと頼みます。

ところが戻って来ると
おあしはあれで良かった、と言います。

いやいや、十銭渡したんですよ

使いをしたのに疑われたのでは、あったせんぎではない

不思議でたまらないので、次の日曜日自ら出掛けてみました
すると、目方次第でだんだん高くなるとのこと
なるほど

帰ってお大さんに平謝りに謝ります。

何度も仲間内で話題にして笑い合える話となりました。

六工社
国元の長野では埴科郡西条村字六工に、
いよいよ製糸場創立になり、六工社と名がついた

工場長尾高惇忠としても、英は惜しい人材ではあるけれども
当初から目的は民間にノウハウを広げていくこと。
こうなれば、英にあらゆる仕事を経験させる必要があります。

6月から和田初子さんとともに、糸結びの部署に配置替え
糸結びは、最も年長の人がやっていた仕事
慣れない仕事なので、なかなかうまくいきません。

とても丁寧に教えてくれて
「あなたもお国に帰れば先生ですからね」と言われ
顔が真っ赤になりました。

いよいよ7月、国元より迎えが来ます。

尾高惇忠から一同が呼ばれ、御賞詞を賜る

繰糸業格別勉励に付為褒賞金五拾銭下賜候事 製糸場印

別れ
それぞれの部屋に暇乞いのご挨拶

一番仲の良かった静岡県の今井おけいさんは涙が止まりません
桃の小枝を持ってきて、そっと髪に挿してくれました。
これを挿していれば暑気に当らぬおまじないだから、道中挿して行って下さい
と言うや
顔に袖を当てて、振り返らずに向こうへ行ってしまった。

ほんとは東京見物させてやりたいが、そこまでの余裕がないと、
高崎見物に行かせてくれた。

一泊したあと長野へ
富岡仕込みの厚化粧です。
富岡では、女のたしなみと、化粧が奨励されていました。

人力車で行列をなして行きます

行列の順番が車夫に指示され
なんと英が一番先

とんでもない。年長の和田初子さんを一番にしてください。

いえ、これは尾高様からの指示なので従ってもらわないと怒られます。

一番が英で、二番が和田初子。十七台の人力車の連なる大行列

困りました。顔から火の出る思いです。
袖で顔を隠します。

いよいよ里が近づいてくると、予想外のことが起きました。

聞きつけて、沿道に見物の人たちが出てきているのです。

はじめは恥ずかしかったのですが

こんなにも期待されているのか。
何が何でも全勢力を傾けて、絶対に成功させねば。
万が一にでも成功しなければ、逆に自分の親戚一同にいたるまで
何と言われるか分からない。

恥ずかしいとか言っている場合ではない

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

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