[織田信長]1 まむし殿の娘、濃姫
[織田信長]2 二人だけの時間では
[織田信長]3 美濃はそなたに差し上げる
[織田信長]4 血戦桶狭間
[織田信長]5 天下をお取りになるまでは
[織田信長]6 上洛の大義名分
[織田信長]7 義昭を将軍に
[織田信長]8 姉川の戦い
[織田信長]9 武田信玄西上
の続きです
秀吉
羽柴秀吉が織田信長に極秘作戦の訓練を行っていることを報告
銃の威力は今や誰も疑うものではありません。
しかし、一斉射撃を行ったところで、そこまで
次に弾をこめるまでに時間がかかりすぎるため
敵に付き込められて、それ以降は従来通りの白兵戦になってしまいます
確かにそうだが、何か方策があると申すか
はい。鉄砲隊を3列に配備します
最前列の鉄砲隊が一斉射撃すると、後ろに回って次の弾をこめます
第2列が一斉射撃、第3列が一斉射撃
と言う間に最初の鉄砲隊が弾をこめ終わっていて、また一斉射撃することができる
なるほど。言われてみればそう突飛なことでもないが、全く考えもつかなかった
よし、誰にも気づかれないよう訓練を進めよ
長篠
長篠は、甲州から遠江、三河を経て上方に出る関門に当り、
従来、しばしば武田、徳川両氏が互いに奪取し合ったところ
天正3年5月10日
徳川家康から、織田信長に、
「長篠城が武田勢に囲まれている
家康はその後詰(ごづめ)に向うが、敵は大軍、至急御援助賜わりたし」
との催促状が届いた
長篠城を守るは奥平定昌、守る兵は500
そこを武田勝頼率いる武田軍が、1万3千の兵をもって攻撃を開始した
たちまち城は囲まれたが、
決死の脱出で家康の元に、状況が伝えられたのだ
長篠城の奥平の防戦も何とか持ちこたえ
家康織田連合軍が到着
大軍来るの知らせに、武田勝頼、軍評定を開いて対策を協議
一旦撤退すべしとの意見が総勢だったが
跡部がひとつの情報をもたらす
織田の将、佐久間信盛が私に内応を約してまいりました
佐久間がこちらにつけば、勝ち目がございます
これは、信長の謀略だった
佐久間の内応は信長の命による偽計
両軍合戦の舞台となったのは、設楽原(したらがはら)の大高原
信長は出馬の時、諸隊に命じ、おびただしい量の柵木と縄を持ってこさせていた
連子川を隔てて、柵を長く立て連ね、諸隊をその後方に配置した
出撃のための門戸は100m置きに開けてある
柵の外には誘うために佐久間信盛の部隊
酒井忠次の部隊が、秘密裏に山を超え、武田軍の後方にも配備した
後方からものろしがあがるのを見て、武田勝頼は動揺するも
佐久間信盛を旗印を見ると大丈夫と安心
全軍喚声をあげて突出する
織田本隊に向かって、木柵に迫るも、一斉射撃でバタバタと倒れる
ただ、ここまでは覚悟の上
ここからが勝負!
の筈だったが、予想外の出来事
一斉射撃が、2度3度4度と続いていく
射撃をかわし、本隊に近づくと柵があるため
馬は柵に妨げられて、前脚を上げてしまう
そこを鉄砲が容赦なく狙い撃ちにした
それまで無類の強剛ぶりを発揮してきた武田の諸将勇士たちが
織田の名もない足軽の鉄砲でたあいなく討ち取られてしまった
織田徳川連合軍が完勝。武田勢は未曾有の大惨敗
長篠城を包囲していた武田軍も、設楽原の敗北を見て撤退
武田に代表される旧式戦術が織田に代表される新戦術に取って代わる事を意味した