[織田信長]3 美濃はそなたに差し上げる

[織田信長]1 まむし殿の娘、濃姫
[織田信長]2 二人だけの時間では
の続きです

斎藤道三
信長が尾張国内の平定や一族内部の叛乱鎮圧に必死の努力を傾けている中に、
隣国美濃では、大きな変化が起っていた
美濃は織田信長の妻、濃姫の父、斎藤道三
すでに、家督を息子の義竜に譲っていたが、以前として実権は握っていた
義竜の母は三芳野、道三の為に国を逐われた土岐頼芸(よりなり)の妾であった女性
月を数え、三芳野の妊娠は、道三の元に来る前だったと知る
道三は、義竜を愛せなかった
時をみて、次男に譲らせようと考えていた

ところが、義竜の評判が良い
苛立つ道三
義竜を廃しようと陰で動いていたのが、義竜に知られてしまった

義竜は出生の秘密を知らない
どうしてなんだ

母のところに行った
ごめんね、ごめんね
と事の真相を知らされる

道三は父じゃなかったのか
むしろ、父を死に追いやった父のかたき

その日から準備を始める
殺るか殺られるか

病気の振りをして十数日寝込む
次男が見舞に来たところを取り囲み、殺してしまう
そのまま、宣言
「自分の父は道三ではない。土岐頼芸。これより、斎藤姓を捨て、土岐姓に戻る
自分は父に代わり、道三を誅する」

道三も激怒し、宣言

家臣たちはどちらに着くか、決しなければならなかったが
それぞれに集まった者の数は、義竜の方が圧倒した

戦上手の道三であるが故に、結果がどうなるか分かった

信長への遺書
「美濃はそなたに差し上げる
この度の合戦に、援軍御無用」
家臣が遺書を持って信長の元へと走る

プライドからの「援軍御無用」ではあったが
信長は駆けつけるだろうとの計算がなかったとは言えない
ただ、援軍によって勝ったとしても、自分に人望がないことを思い知らされたので
この先、美濃を守っていけない
美濃を差し上げる、とは本音

もともと知っているもの同士の合戦は熾烈を極めた
次第に数に勝る義竜勢が有利になる

お屋形

振り返ると、馴染みの顔、小牧源太

お前か

覚悟!

首が落ちた

道三63歳

義竜に「河原にさらしておけ」と言われた首は
小牧源太が盗み取り、密かに弔った

あまりに急だった信長は十分な数の援軍が準備できず
向かったものの、結局は退却せざるを得なかった

お濃、すまなかった。間に合わなかった

いいえ、父に武運が無かったのでございましょう。やむを得ぬ運命でございます

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[家重]2 家重様の目と耳になってはならぬ

[家重]1 まいまいつぶろと呼ばれた将軍
の続きです

忠光
徳川9代将軍となる、家重
障害を持ち、言っている事が誰ひとり聞き取れなかったのだが
唯一、聞き取れる人物が現れた

大岡忠光
大岡越前忠相の遠い親戚です

大岡越前はそれまで会ったことがなかったが、親戚ではあるので身を案ずる

家重の強い希望で、小姓、すなわち身の回りの世話係りに抜擢されるのだが
この先、つらい運命が予想される

家重は将軍となる訳だから、だれひとり言っている事に逆らえない
ただ、今までは誰も聞き取れなかったが故に、言っていないに等しかった
これからは違う
忠光を通じて言葉を発する
もし、忠光の意思が入り込むとすれば
忠光自身に有利な言葉に変えられるとすれば
政治は忠光の意のままになる

忠光が完璧に清廉な人物でなければならない
まず、そこが重要

もし、そうだとして
常に忠光は疑いの目で見られるだろう
恨みや、やっかみの標的になるだろう
一生を通じて、耐えられるだろうか

忠光が自覚して自分の意思を入り込ませないようにするとしよう
忠光が成人して、自分なりの価値観や正義が生まれてくるだろう
それを100%捨てなきゃならない人生
人間として、耐えられるだろうか
それは幸せなのだろうか

大岡越前は忠光を呼び出した

そなたは決して、家重様の目と耳になってはならぬ
家重様は目も耳もお持ちである
そなたはただ、家重様の御口代わりだけを努めねばならぬ

忠光はその言いつけを生涯守り続けた
忠光という人物が素晴らしかったからだが、それだけではなかったろう

家重の人柄がそれを可能にしたんだと思う
忠光は心底家重のためになりたいと思ったし、
家重もその気持ちに答えた

家重はずっと手が震えているから、筆も持てない
できる事は本を読むこと
ページをめくるのも大変だが、苦労しながら本を読んでいた
書き留めることもできないし、再度読み直すことも大変だから
1度読んだ本の内容は全て覚えてしまおうとした
極端な記憶力の良さが身に付く

忠光は、そんな家重に驚き
自分もその知識を吸収していく
楽しくて仕方ない日々
仕事だからということを越えて
心から尊敬できる人に出会え
常に一緒にいることができたのだ

大岡越前の心配は杞憂だったかも知れない

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[ことば日本史] 天下分け目の天王山

羽柴秀吉は、信長の死を知ると、包囲中の高松城の毛利氏とただちに講和をむすび、
迅速に兵をかえし、西国街道を上がってきた。

勝負は、京都盆地にはいる大山崎でつけられることになった。
秀吉は、摂津の諸将を糾合して富田に着陣、
織田信孝らの兵を合わせ、軍を山手、中手道筋、川手の三手に分け、
十三日に進撃する。

光秀は、細川、筒井氏を欠く劣勢のまま
勝竜寺城から淀城の間で迎撃しようとし、
十三日午後、秀吉の軍と激突。

光秀側で戦上手で知られる斎藤利三が大活躍
序盤は、光秀軍優勢に進みます。

天王山麓に布陣していた羽柴秀長、黒田官兵衛らの部隊は、
天王山中腹を進撃してきた松田政近・並河易家両隊と交戦状態に入ります。

そのまま1時間ほど、一進一退の攻防を続けますが、
右翼(川手側)に配置されていた、池田恒興、池田元助、加藤光泰らが密かに円明寺川を渡河し、
津田信春を奇襲します。
それが光秀本隊の側面を突くような格好になり戦局が一変します。

あえなく敗退した光秀は、夕方、勝竜寺城に入り、
深夜を待って、近江へ向けて逃走するが、
その途中、山科の小栗栖(おぐるす)で土一揆に襲われて殺された。

この山崎の戦は、
序盤の天王山での攻防が勝敗を決したといわれるようになり、
天王山の戦とも呼ばれるようになった。
そこで、 勝負のかかった山場を「天王山」というようになった。

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[外交]6 第二次世界大戦への背景

外交資料館に行って来ました
[外交]2 条約の改正に頑張る外務大臣たち
[外交]3 日清戦争は朝鮮の内乱?
[外交]4 三国干渉から日露戦争へ
[外交]5 日露戦争から第一次世界大戦へ
の続きです

第一次世界大戦の後始末
1914に始まった第一次世界大戦は、1918年に終結します
翌年、後始末を話し合うパリ講和会議が開かれ、半年間話し合って、ベルサイユ条約が結ばれます

1920年、二度と戦争を起こさないようにと、国際連盟が発足します

大戦中潤っていた日本経済は、戦後恐慌に陥ります。
そして、1923年、追い打ちをかけるように関東大震災がおきます
震災恐慌がおきます

山東出兵
満州に張作霖(ちょうさくりん)という人がいました。張作霖と日本は仲良しです。
そこへ邪魔者が現れます。中華民国政府トップの蔣介石。蔣介石は日本が大キライです。
だから蔣介石は張作霖に言います。
「日本との関係を断ち切れ。日本と仲良くするな!」。
でも、満州には日本の権益がたくさんある。
だから張作霖は日本と仲良くしていかないとやりにくい。
結局「日本と仲良くしたい」と考えるんです。

蔣介石は力ずくの手段に出ます。
北伐(1926~28年)です。
張作霖に言うことを聞かせるため、満州に兵隊を送りこんだんです。

ここで日本の出番です。
ここで張作霖を守らないと、せっかく築き上げた日本と満州のきずなが切れてしまいます。

1928年。北伐をくい止め、張作霖を守るため、山東出兵をおこします

ところが何とも不思議な事件が起きる

満州某重大事件。
張作霖が殺されるんです。
だれが殺したかというと関東軍。
関東軍って満州にいた日本の軍隊です。
日本が殺したんです。意味分かりません

山東出兵で、関東軍は、張作霖に一緒に戦おうと持ちかけます
ところが、張作霖は弱気になる

関東軍は考えます。
張作霖って自分達のいいなりにならない
だったら、張作霖を介してではなく、直接満州を支配しよう

張作霖の乗った列車を、列車ごと爆破してしまう。

張学良という張作霖の息子は激怒
張学良にとっての敵は、蒋介石ではなく、日本になる
蒋介石と手を組むことになる

このあと、15年戦争が始まるのですが次回ね

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