渋沢栄一 その5 渋沢栄一は魔法使い

渋沢栄一シリーズその5

渋沢栄一 その1 クーデター計画
渋沢栄一 その2 パリ万博から諸外国
渋沢栄一 その3。日本に帰って見たもの。そして何をしたのか
渋沢栄一 その4 明治新政府はあれもこれも

みんながすぐイメージ出来る渋沢栄一は財界人としての渋沢栄一ですよね
ようやく、その5で、財界人としての渋沢栄一になる訳で
まあ、すごい人生ですねえ

官庁を去って
あれもこれも、あらゆる仕事をやってのけて
実質中心人物だったのに
さっと辞めちゃった。

でも、やりたいことがあっての辞職だから
さあ、いよいよこれからだ!

やりたいことは何か
日本の近代的産業全てを立ち上げる
全てです全て

ある意味、今までの延長
官僚としての財界を全てリードしてきて
今度は、財界側に入り込んで、中側から全てをリードする
あれとこれ、ではなく全てなんです。

実際に
全て、ではないにしても
ほぼ全ての産業をリードする企業の立ち上げに関わった。

第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績、大日本製糖、明治製糖など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上

可能ですか?
あり得ないですよね

これだけ並べられると
実際に携わっている訳がない
金だけ出して
後はよろしく、なんでしょう
と言いたくなります。

でも、考えても見てください。
当時の日本に、
後はよろしく、って言われて
はい、任しといて下さい、って言える人材がいる筈ありません。
全員、未経験者です。

「金だけ出して」も無理です。
渋沢栄一は大金持ちのお坊っちゃまではありません。
元は百姓、直近は公務員です。

金を作りながら、になります。

金を作りながら
人材を作りながら
手探りで
試行錯誤で
人の意見を聞き
ダメだと思うとすぐにやり方を変えて
ありとあらゆる事を同時並行で進めていく。

魔法使いです。
そうとしか思えません。

当時、渋沢批判も多数あったようです。
会社経営ってものはそんな簡単なものじゃない
ひとつの会社にじっくり腰を落ち着けないと
どれもが中途半端になるに決まっている

もっともですね

でも、大体そういう人たちは本人に会ったことがなく
まあ、そう言わずに一度本人に会って、話をしてみなさいな
と言われて会ってみて
批判を撤回していったようです。

魔法使いとしてのオーラなんでしょうか

では、その魔法使いの仕業を
もう少しだけ詳しく見ていきましょう。

第一国立銀行
教科書で習うのはこれでしょうか
渋沢栄一と言えば、銀行の父

渋沢が外国で見て、最も衝撃を受け
帰ってきて、静岡でやりかけて
官僚として、具体的な仕組み造りを行った

やりたいことの中核です。
「金を作りながら」の必須です。
銀行あってこその「全ての産業」造りです。

第一国立銀行創立総会があったのが明治6年6月11日

辞表提出が5月4日なのでほぼ1か月後

当然銀行関係者としては
最大のビッグニュースとして伝わっている。

創立の道筋をつけてくれた恩人なので
当然招待されていて
出席すると
駆け寄ってきた。

聞きました。
誠にお気の毒ではありますが
手前どもとしては、これ以上の吉報はございません。

ぜひ、私どもに来ていただきご尽力いただけませんでしょうか

良かったですね
やりたいことはそれなんだけど
お宅に入りたいから辞めたんです。
入れさせてください、というのもちょっとね。

井上馨、大隈重信にも
お伺いを立て
関係者全員大賛成で事が進んだ

というのも、ちょっと困り事があった。
第一国立銀行創立メンバーは
三井組と小野組に分かれるんだけど
ほぼ同格の規模であるために
同じくらいの人数構成になっている
そのままでは、程なくして分裂の危機があるだろう。

どうしても、その上に立つ人が欲しい。
でもそんな人いる訳ない
一人を除いては。

頭取は三井組、小野組からの二人体制
でも、更にその上に総監役という新設の役職を設けて
渋沢はそこに位置した。

ちなみに、第一国立銀行
国立と付いていますから
今の日本銀行の様に日本国に所属する銀行だと思いがちです。
私もそう思っていました。

実は、民間の銀行なんです。
でも、今の民間の銀行ともちょっと違っていて
紙幣を発行する権利まで持っています。
まだ、日本銀行はありませんので。

さあ、この三井組と小野組の主導権争い
翌7年に思わぬ形で決着します。

小野組が潰れてしまうんです。
まさかの、最悪の決着
当然、第一国立銀行としても連鎖倒産の危機に見舞われます

渋沢が先手先手を打ったこともあるけど
小野組の、小野善右衛門と並ぶツートップ
古河市兵衛の潔い振る舞いあっての事でしょう。
「迷惑をかけぬよう」
最後の渋沢との会談では無念の思いで男泣きに泣き
全ての要求を受け入れます。

全く古いタイプの人間で読み書きも不得意
新しい世の中には着いていけなかったんでしょうが
渋沢の事が大好きで、「殿、殿」と慕った。

こういう人が捨て石になっての明治なのかも知れません。

長くなりました。
このあとのそれぞれの産業については、また次回。

索引はこちら
[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

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