外交資料館に行って来ました
[外交]2 条約の改正に頑張る外務大臣たち
[外交]3 日清戦争は朝鮮の内乱?
[外交]4 三国干渉から日露戦争へ
[外交]5 日露戦争から第一次世界大戦へ
[外交]6 第二次世界大戦への背景
[外交]7 15年戦争の始まり。満州事変から
の続きです
1932年5月15日に五・一五事件が起きて、犬養毅首相が暗殺され
変わって首相になった海軍の斎藤実首相が満州国を認めたところまででした
ただ、国際的には満州国は認めてもらえません
そこで、日本は国際的枠組みから外れていく
1933年国際連盟からの脱退です
次に変わった岡田啓介首相は
ロンドン軍縮会議からも脱退します。
ニ・ニ六事件
1936年2月26日、ニ・ニ六事件が起きてしまいます。
ニ・ニ六事件については、こちらも読んでね
[首相]20 岡田啓介。天皇機関説、2.26事件
[首相]20-2 なぜ2.26事件が起きたのか
[首相]20-3 どのように2.26事件は終息したのか
陸軍皇道派によるクーデターです。
斉藤実前首相、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監らが暗殺される。

クーデターが成功することはなかったものの、
東京中に青年将校が闊歩し
政治家たちが殺されたこの事件は
陸軍に逆らうと殺される、という現実味を帯びた恐怖を政治家たちに
そして国民にもたらす
軍は内閣を牛耳るようになり
1936年、日独防共協定が結ばれる
ドイツは、あのヒトラーです
防共協定とは、共産主義から世界を守ろうというもの
その旗印のもとに、戦争へと突き進んでいくことになります
日中戦争
満州国を建国させた関東軍は
華北地域でも、親日政権を樹立させます
対する中国政府は、
内部対立している場合じゃないと
一致団結して、日本政府に対抗していきます
満州事変では、満州での戦争でしたが
日中戦争、と戦争が拡大。
近衛文麿総理は、1938年に「東亜新秩序」という考え方を発表
日本と満州と中国が一体化して、恒久的に平和なアジア連合を作るのだという
「国民政府を対手とせず」と言って
ここで言う中国は、国民政府や共産政権ではなく
新しく作られる親日政権
満州や華北地域だけでなく、中国全土を日本の傀儡政権化しようというもの
戦争は最初、南京陥落と調子が良かったのですが
泥沼の長期化していきます。
イギリスとアメリカが中国を支援したからです。
「東亜新秩序」に猛反発
日露戦争では、ロシアが強すぎるのは困るということで、
日本に味方してくれた、イギリスとアメリカでしたが
今度は日本が強すぎるのは困るということで、中国につく
第二次世界大戦勃発が1939年ですから
その1年前です。
続きは、シリーズの次回