さるぼぼ作り体験をしてきました

東山遊歩道散策
の続きです

バス出発の11:00まではまだあります
前回、飛騨高山で歩いた時、目星をつけておいたところ

飛騨高山まちの体験交流館
ここは、色んな体験ができるんです

組紐や竹ランプなど、魅力的なメニューがいっぱい
せっかく飛騨高山に来ているわけですから
やっぱり「さるぼぼ」だっ

さるぼぼって何かというと、飛騨高山特有のお人形
猿の赤ちゃん、という意味で
孫が生まれたら、おばあちゃんが余った布で作ってあげる

素材は、本来の布のもの、木のもの、石のものから選べます
布が良いけどやたらに大きかったので、持ち歩くのが厳しいなと
木にしました

どの色が良いですか?

猿なわけですから、昔は赤しか無かったんですが
今は色んな色のさるぼぼがあります

オレンジが可愛いですね
オレンジにします

作ると言っても、もう形は出来ておりまして、腹掛けとちゃんちゃんこを着せるだけ

腹掛けはどの色が良いですか?
この「飛騨」って書かれているのかっこいいのでこれが良いです

えっ、それですか
それだけはちょっとお高くて、100円増しになるんです
ご自分で「飛騨」って書かれたらどうですか

いやいや、これかっこいいので絶対これにしたいです

分かりました
じゃあ、もう一回これ読み取っていただいて

ペイペイっ

デコペンで、キラキラ光るように文字をなぞりましょう

こことこことここの3箇所ボンドをつけていただいて
ギュッと押さえて、10秒間

はーい

ちゃんちゃんこはどれが良いですか?

一番昔ながらの、このかすりのが良いです

これもこことこことここにボンドをつけていただいて

あさイチ、オープンの9:00ちょうどに行ったから、お客さんは
私一人だけ
教えてくれるスタッフさん2人を独占状態
方言が、関西弁にも近いし、カミさんの田舎の三河弁にも近い
あっ、今の、関西弁に近いですね
会話に花が咲く
まちの体験「交流」館ならではの楽しさ

元々は中国の神様だったんですよ

孫悟空みたいな感じですね

中国では手足が集まって、紐をつかんで、ぶら下がってたんです
猿ってそんな感じでしょ
それが、日本に来て手足が広がった
顔がないのは、子供の気持ちがまるっと映るので、書いちゃいけないんです

頭もボンドをつけて差し込んで

お守りも好きなところに貼り付けてくださいね
おお、いい感じじゃないですか

後ろに、紐をつけましょうね
高山祭の山車(だし)でも使われている総角結び(あげまき結び)
「入る」って字が4つ入っているでしょ
幸せが入ってくるんです

完成ーっ

ほっこりした時間を、過ごせました

これで幸せ倍増です
お客様にもいっぱい自慢しました

まだまだ、散策は続きます
続きはまたあしたね

[お出かけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

東山遊歩道散策

8/23〜24の土日は、宿泊添乗でした
8月で同じコースの3回目
大きく3つの目的地があるのですが
もう何を聞かれても詳しく解説できます

添乗中の事はブログに上げちゃだめという縛りがあるため
せっかくいっぱい見聞きしたことが書けない
ああ、つらい

でも今回、とても良いことに気づいちゃいました。

二日目ってホテルを11:00出発なんですが
なぜそんなに遅いかというと
それまでの間、街中をぜひ散策してくださいね、って趣旨
業務はその30分前から始まり、そこからしかお給料が発生しない

ちゅうことはですね
それより前は、完全にプライベートな時間
仕事じゃないんだから、ブログに書いても問題なし
やったあ
合ってますよね、この三段論法

本当はその時間もお客様を案内したくて仕方ないのに
ひたすら我慢しているわけですから

晴れて、カイキーン

散策
もう3回めなので、見どころマップに書いてある場所は、ほぼほぼ行っている
今回、残っている場所を巡って完璧にいたしましょう
結論的には、この日巡った場所を含めると、実に40箇所

高山と言えば、という超有名な場所はもう行っております
2回めもそうだったように、ホテルでレンタサイクルを借りましょう

飛騨総社
春と秋の祭でも有名な2つの神社はすでに行っております
ここ、行ってないぞ


東山遊歩道
見どころマップの上側(街の東側)に、お寺群
中心地よりはちょっと離れているのですが
今回、そちらまで足を伸ばすことにいたしましょう
坂をかなり登らないといけないと思っていたのですが
結論的には、それほどでもなく、自転車でもその手前まで行けました

お寺がいっぱいで、その間を雰囲気の良い道が繋がり
東山遊歩道と命名されています

■雲龍寺
鐘楼門が見事

■大雄寺(だいおうじ)

十王堂
閻魔様の仲間たち

山門が素晴らしかった
うまく写せていなかったので、ネットから拝借

■素玄寺

■天照寺

■法華寺

■宗猷寺(そうゆじ)
おおおっ、でかいっ
最後にこんなにも大きな寺があるとは思いませんでした

ななんと、山岡鉄舟のお父さんと、お母さんのお墓がありました

散策はまだまだ続きます
続きは次回

[お出かけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

[家重]7 もし口が聞けぬのなら

[家重]1 まいまいつぶろと呼ばれた将軍
[家重]2 家重様の目と耳になってはならぬ
[家重]3 どんな駒でも、前に進むことができる
[家重]4 お庭をともに歩きとうございます
[家重]5 二人だけの合図
[家重]6 まことでございます
の続きです

言葉
お幸

はい

この頃私も殿の言葉が聞き取れる気がするのです

まあ、本当ですか

昨日、聞いてみたのです。こう仰せでしたかと

二人で決めた合図
はい、なら1度、いいえ、なら2度手を握る

家重は驚いた顔で、1度握った

ついに、ついに叶いましたか

そうかもしれぬ。きっとこの子のおかげ

出産
3月半ば
比宮(なみのみや)はにわかに陣痛におそわれて、男児を産んだ

ただ、産み月には足らず、息をしていなかった

いっときは比宮も危ぶまれたが、半月でようやく立ち上がれるまでに回復してきた
その間、比宮の支えは、家重の真心だった

あの子はなんと孝行な子か
私には殿の言葉を聞き分けられるよう、殿には子ができるという証を授けてくれた
それなのに
どんなに詫びてもつぐなえない罪深い母じゃ

私は、言うてはならぬことをあの子に言いました
もし、口が聞けぬのなら、生まれてきてはならぬと

だから

比宮の病状はまた悪化していった

お幸に
私の願いは、殿が誰からもそしりを受けないこと
何としても次の将軍になっていただきたい

左様でございますとも

お幸は私の味方ですよね

もちろんでございます

私はこの世に生まれてきた甲斐がありました
殿に巡り合うことが出来た
お幸に大事な話があります
殿を次の将軍にするために力を貸してほしい

私で出来ることでしたら、どんなことでもいたします

御子を

はい

殿のお子を、お幸に挙げてもらいたい

はい?

殿を頼みます。どうか

そう言うと比宮は眠りに落ちた

赤子を産んで二十二日
比宮はもう目覚めることはなかった

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

[外交]11 太平洋戦争が始まって

外交資料館に行って来ました
[外交]2 条約の改正に頑張る外務大臣たち
[外交]3 日清戦争は朝鮮の内乱?
[外交]4 三国干渉から日露戦争へ
[外交]5 日露戦争から第一次世界大戦へ
[外交]6 第二次世界大戦への背景
[外交]7 15年戦争の始まり。満州事変から
[外交]8 ニ・ニ六事件そして日中戦争
[外交]9 第二次世界大戦から太平洋戦争
[外交]10 負けるとしか思えないのになぜ
の続きです

太平洋戦争
日独伊三国同盟は三国合わせても、連合国には国力が圧倒的に劣る
持久戦で勝ち目がないので、短期決戦で決着をつけようと考える

確かに真珠湾攻撃は意図した結果が得られた
飛行機から爆弾等を落とすには、すぐに迎撃されるから不可能
少し手前で魚雷を落とす方法は、アメリカも認識していた
魚雷は高度100mぐらいで飛ぶ飛行機から落とされると、
ガーッと60mくらい、海面から沈む。
この沈んだときの衝撃で機械が動き、魚雷についたスクリューが回り出して海面近くまで浮上し、あとは定深度6mを保って目標に向かって
ぐんぐん進む
でも、真珠湾は水深が12mしかない浅い湾
その方法は不可能だとアメリカは考えた

海面にそっと落とす訓練を3ヶ月行い、見事成功

ただ、序盤こそ勢いの良かった日本も
時間の問題
1942年のミッドウェイ海戦での完敗が勝敗の分かれ目となる

ところが、香港、フィリピン、シンガポール、ジャワ、ビルマなどへの侵攻の成功から、
日本軍の不敗神話はいまだ健在だった

たとえばニューギニアには第一八軍が送られますが、
10万人いた兵隊のうち9万人が餓えで死にます

おかしい、お父さんから手紙が届かなくなる
あそこのおじさんからもプッツリ連絡が来なくなっている

そんな状況でも、全体としての数字は知らされず
情報は偏ったものばかり
主には、ラジオです
ラジオからは政府に都合のいい情報だけを流せる

では、全くそんな情報ばかりだったのかというと
短波の受信という方法があった
英語の分かり、通信技術を持った一部の国民は、情報を取得できた

そんな中で、終戦を見越した株が値上がりしたりしている

岩手県の死者の統計が残っている
1941年末から1945年8月の4年弱の期間のうち
最後の1年間で9割の戦死者が出ている

もう少し早く判断ができていたなら

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)